『セイバーメトリクス入門』執筆の背景

2019.11.20

by Baseball Concrete

蛭川皓平著・岡田友輔監修『セイバーメトリクス入門』(水曜社)

 

入門書を書いた理由

当サイトに書いているようなことをさらに大きく広げて整理するような形で、セイバーメトリクスの入門書を書きました。

私なんぞが入門書を出すのは大変恐れ多いのですが、執筆の動機は「とりあえずセイバーメトリクスの全体像がざっと学べる、日本語の正面からの入門書」が(自分が思うような形のものは)これまでずっと存在しなかったという問題意識です。

「セイバーメトリクスとは何かをわかりやすく解説します」といった情報は紙媒体でもウェブでもそれなりにありますが、筆者からすると、それらの多くは「OPSとは…RCとは…WHIPとは…」といった指標の羅列となっている場合が多いように見受けられます。これ自体はもちろん悪いことではありませんし、当サイトも筆者の好みによりややその傾向にあります。

しかしセイバーメトリクスの面白さは指標の羅列だけではなく、バントは有効な戦術か? 盗塁はどうか? 「勝負強さ」はあるのか? 投手は被安打を防げるのか? 打者のピーク年齢は何歳なのか? 未来の成績は予測できるのか? といった一般的なセオリーの部分にもあります。

それに指標を覚えるにしても闇雲にたくさんの計算式を覚えるのではなく、それが勝利の増減との関係という意味でどういった位置付けにあるのか、という構造なり体系を理解することが重要です。

したがってこれからセイバーメトリクスを学びたい、一通りの基礎知識を得たいという方に向けた書籍を書くとするなら一般理論や指標の体系について十分な比重を置く必要があります。

また、日本のインターネット上の議論では、英語圏の新しい理論がなかなか輸入される機会がない結果、セイバーメトリクスを肯定するにしろ否定するにしろ、断片的な情報をもとにした同じ話が何度も繰り返され、議論がぐるぐる回っているような印象を持つこともあります。

セイバーメトリクスはメジャーリーグで圧倒的に研究が進んでおりますので、その研究成果をまず学ぶということはそれ自体で非常に重要なことであると感じています(もちろん単にその結論を受け入れるのではなく、批判をするためにも)。

本書の構成

以上の点を踏まえ、本書『セイバーメトリクス入門』では下記のようなスタイルをとりました。

 

(1)構成を「野球の一般的原理」と「選手評価論」の2本柱とし、一般的原理にも十分な分量を割いた。さらに入門という性格を踏まえ、セイバーメトリクスのそもそもの考え方や基礎的な分析道具を説明する章を設けた。

(2)各理論の説明においては、メジャーリーグで作り上げられてきた多数の理論を日本向けにわかりやすくまとめ、標準的な内容がさらっと理解できるよう心がけた。取り上げる内容の選定についても、今後セイバーメトリクスを楽しむ上で外せない基礎となる事柄を重視した。

 

これにより、本書ひとつでとりあえずセイバーメトリクスの全体像を、スタンダードな水準の理解でおさえることができる一冊になったのではないかと思っています。筆者がこれまで英語のウェブサイトを読んで「セイバーメトリシャンすげえ」と思ってきたその考え方や理論の鋭さを、なるべく簡単な記述ながら伝わるようにと意識しました。

例えば送りバントの項目を考えると、英語圏ではバントに関する分析は無数に行われています。A説、B説、C説……様々です。そうした論文ひとつひとつを詳細に紹介するようなスタイルでは当然ページ数が足りませんし、何よりいきなりそうした書物を読んでも「要するにどういうことなのか」がわかりづらくなります。そこで様々な分析で築き上げられてきた理論からなるべく「このあたりがセイバーメトリシャン達のオーソドックスな理解だろう」という要点を抽象してまとめていきました。

位置付け

思えば、セイバーメトリクスについてまとまった入門書を書きたいというぼんやりとした気持ちが自分の中に芽生えたのは2011年前後だったと記憶しています。しかしなかなかどういう構成で書くか考えがまとまらず、やっと上記のような構成を決めて書き始めたのが2013年です。それからも筆が遅く、結局書き上げるまで6年ほどかかってしまいました。

しかしその間DELTA社の『デルタ・ベースボール・リポート(旧セイバーメトリクス・リポート)』シリーズや各種媒体への執筆などを通じて勝負強さや得点推定式、年齢曲線などセイバーメトリクスの基礎的な事柄について改めて研究する機会があり、そうした研究の成果は本書にも活かされています。そういった意味では必要な期間だったのだと思っていますし、言い方を換えると本書はこれまで筆者が様々な媒体に書いてきた研究をぎゅっと凝縮してまとめた「ベストアルバム」的な(その意味ではコスパのいい?)一冊と考えることもできるかと思います。

なお、もしかすると「セイバーメトリクスに多少興味はあるものの、あまり深入りすると数字でしか物を見れない偏った考え方になってしまうのではないか」と心配されている方もおられるかもしれません。これについては筆者はかねてから「むしろ数字の中身を理解している方が数字に振り回されなくなるし、数字を理解していなければ『数字と感覚を総合する』こともできない」と主張してきているところです。

「ネット・テレビ・雑誌で断片的にセイバーメトリクスの情報を得てもっとセイバーメトリクス全体のことを知りたくなった」といった方には本書『セイバーメトリクス入門』はまさに適切な一冊になっているのではないでしょうか。本書を読むと日本のセイバーメトリクスメディアである1.02 - Essence of Baseballや、研究書である『デルタ・ベースボール・リポート』がもっと楽しく使いこなせる(読みこなせる)ようになること請け合いです。本書はその名の通り入門書ですから、本書で得た知識を武器にさらなるセイバーメトリクスの世界に踏み出していただければ著者としては一番の喜びです。

 

『セイバーメトリクス入門』目次

はじめに

第一章 セイバーメトリクスの基礎
第一節 セイバーメトリクスの歴史
 1.セイバーメトリクスの始祖ビル・ジェイムズ
 2.アスレチックスの快進撃とマネー・ボール
第二節 セイバーメトリクス思考の三原則
 1.三つの重要な思考方法
 2.常識に縛られない
 3.客観的な事実を重視する
 4.定量的に考える
第三節 分析の基礎的な道具
 1.野球版ピタゴラスの定理
 2.得点期待値という度量衡
 3.得点価値と打撃得点
 4.加重出塁率
 5.勝利確率と勝率付加値
 6.分析の見取り図

第二章 野球の一般的原理
第一節 送りバントは有効な戦術か
 1.送りバントと得点の見込み
 2.打力の損益分岐点
 3.野球の奥深さと読み合いの妙
第二節 盗塁の利得と見えない力
 1.盗塁のリスクとリターン
 2.相手をかき乱す盗塁の「見えない力」
 3.打者もまた影響を受ける
第三節 敬遠という選択
 1.敬遠による状況の変化
 2.王貞治を歩かせる
 3.続く打者が劣る場合
 4.1点を守り抜く
第四節 勝負強い打者は存在するか
 1.聖なる俗説と無機質なデータ
 2.勝負強さは継続するか
 3.日本プロ野球でみる勝負強さ
第五節 どんな打順が最適か
 1.打順論の原則的な図式
 2.「野球ゲーム」に試させる
 3.打順の文脈を解析する
 4.ストーリーよりも出塁の集中
第六節 年齢とパフォーマンス
 1.選手のキャリアと年齢曲線
 2.データから年齢の影響を引きだす
 3.打者の年齢曲線
 4.投手は消耗品?
 5.年齢曲線をめぐる論点
第七節 打たせて取るピッチングは存在するか
 1.セイバーメトリクス史上最大の発見
 2.インプレー打率の一貫性
 3.謎を紐解く
第八節 データで未来を予測する
 1.一貫しているものを見つける
 2.平均への回帰
 3.成績予測システム

第三章 選手評価論
第一節 選手評価の基礎
 1.選手評価の体系
 2.勝利との関係で捉える
 3.中立的に評価する
 4.パークファクター
 5.貢献度と能力
第二節 打撃の評価
 1.打率順で並ぶ成績ランキングへの疑問
 2.OPSのカラクリ
 3.RCの進化
 4.加重出塁率を応用する
 5.打撃の中身を分解する
第三節 走塁の評価
 1.盗塁の得点化
 2.盗塁以外の走塁を測る
第四節 守備の評価
 1.レンジファクターからの技術的な飛躍
 2.ゾーンレーティングを得点化する
 3.異なる守備位置の比較
 4.捕手の守備という謎
 5.チームの守備力評価
第五節 投球の評価
 1.投手の個人成績への疑問
 2.守備から独立した防御率
 3.投球の中身を解析する
 4.真の失点率
第六節 評価の総合
 1.選手評価の究極的な尺度
 2.代替可能水準(控えレベル)との比較
 3.単位を得点数から勝利数へ
 4.野手の勝利貢献値
 5.投手の勝利貢献値

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