2010.3.24
プロ野球は一軍と二軍に分かれており、二軍がいわば下部組織で、そこで鍛え上げられた人材が頂上の舞台である一軍でプロとしての活躍をする、ということは今更説明する必要がないところだと思います。
ここで一軍と二軍には当然レベルの差があるわけですが、これがどのくらいなのかということはなかなか定量的には示されません。しかし、例えば二軍でそれなりの実績を上げている選手を見るとき、それなりの実績があれば一軍でもある程度通用するのではないか、といったことはファンの関心事です。また、球団としてもスカウティングの補助とするデータの目安があればより的確な意思決定が可能になるかもしれません。
従って、二軍の選手の成績は一軍に上がるとどのように変化するのだろうかということの法則性を知っておくことはさまざまな面で意義があると思われます。そこで、本稿ではプロ野球の一軍と二軍のレベルの差はどのくらいなのかを探ってみたいと思います。選手のパフォーマンスという観点で見たときにそれがどれだけ変化するのかを調べることによって、一軍と二軍の間の壁がどれだけ厚いのかを定量的に把握しようというものです。
神の視点で一軍と二軍の違いについて法則として定性的・定量的に完全に知ることができればいいのですが、そんなことを言っても無理ですから仕方ありません。ここでは、それには到底及ばない範囲や質などにおいて限定的な試みであることを最初に断った上で、例えば一軍昇格を目指す二軍の選手が一軍に呼ばれたときにどのような成績となっているかを知るために、実現可能な以下のような手順での計算を考えてみました。
直近3年間(2007年~2009年)の日本プロ野球公式データを使用し、特定のシーズン内で一軍と二軍の両方で打席に立っており(投手は対戦打席の記録があり)、かつ(対戦)打席数が一軍でより二軍でのほうが多い選手を抽出。該当する全ての選手の一軍成績と二軍成績をそれぞれ合計、比較します。
要するに一軍と二軍の両方で出場した選手について、それぞれの成績はどうだったかということです。「二軍での打席数 > 一軍での打席数」という条件を設ける理由は、今回は基本的に一軍実績のない選手についてのパフォーマンスを測りたいためで、例えば単に「一軍と二軍両方での出場がある選手」というだけの条件にしてしまうと故障からの調整で少し二軍で出場したスター選手などもサンプルに含まれてしまい、一軍実績のない不確定な選手を上げてくるとき以上に「二軍の選手も一軍でやれそうだ」という結論を導いてしまうことを避けるためです。
これによって「二軍で開幕から20試合程度出場させて見たところ優秀な成績だったためそれ以降は常に一軍で先発起用した」という“二軍出身”の選手まで除外されてしまうという欠点もありますし、そもそも同じ年の中での比較であるため「前年度二軍で良い成績だったから今年度は開幕から一軍で」といったケースについての検討ができないという問題もありますが、それらについてまで範囲を拡大しようとすると膨大な作業の手間やまた異なる意味のノイズを招き入れる可能性があるため、上記の条件でも割り切ることとしました。
仮にある選手が一軍で50打数10安打(打率.200)、二軍で200打数50安打(打率.250)だったとすると、二軍に比べて一軍では打率が0.8倍になってしまったのだなと評価する。その種のデータの集積です。打率だけでなくさまざまな指標について見てみます。
まずは野手の打撃成績について。同じシーズン内で一軍と二軍両方に出場していてしかも二軍の方が出場が多かった選手達は、一軍での成績と二軍での成績が以下のようになっていました。
データ | 打席 | 打率 | 長打率 | 出塁率 | RVA | 塁打/安打 | 四球率 | 三振率 | BABIP |
一軍成績 | 12873 | .203 | .296 | .257 | .200 | 1.46 | 6.9% | 24.4% | .257 |
二軍成績 | 77330 | .278 | .413 | .348 | .270 | 1.48 | 9.9% | 16.1% | .318 |
比率 | 0.17 | 0.73 | 0.72 | 0.74 | 0.74 | 0.98 | 0.70 | 1.52 | 0.81 |
このデータからまずわかることは、打率・長打率・出塁率など全ての数字が二軍の場合に比べて落ち込み、これはつまり当然ながら、一軍のほうが二軍よりレベルが高いことを表しています。
三振率を除く数字は全て高いほど打者にとって望ましいものですが、それらは全て下がり、三振率は上昇しています。つまり、一軍に上がると概ね観察される全てのパフォーマンスが落ちます。その落ち込み具合は打率や出塁率などの指標で表現するのであればおよそ7割になるくらい。打率の生値で言えばこれらの選手は三割バッターならぬ二割バッターであり、予想通り一軍の壁はだいぶ厚いものである、と考えられます。
BABIPなども、一軍の均衡したレベルでは運の要素が強いものとみなされますがこれら一軍と二軍の中間に位置する選手たちにとってはコンタクト時に安定して強い打球を飛ばし野手の間を抜くというのは難しいことのようです(対戦相手の守備力の向上もいくらかは影響していると思われます)。
一方 塁打/安打 の数字に目を向けると少し注目すべき側面も見えてきます。これは安打になったうちの長打を評価する式であり、確実性を度外視した長打力のようなものですが、これに関しては唯一、一軍と二軍でほとんど変化がない数字となっています。
他の数字と合わせて推測すると、こういうことになります。一軍の投手は球のキレもあり、甘いコースへの失投や明らかなボール球なども少ないため、じっくり見極められずなかなかバットに当たらないし当たっても芯を外れて弱い打球が飛ぶことが比較的多い。しかし一軍と二軍の中間の選手といえどもプロであり、自分のツボに入りさえすれば長打にする力は持っていると。これらの選手に求められるものは確実性の向上であって少なくとも一軍に呼ばれるだけありポテンシャルは表れているということです。
では一軍と二軍の中間の野手と、一軍の野手平均とを比較するとどうなるでしょうか。
データ | 打席 | 打率 | 長打率 | 出塁率 | RVA | 塁打/安打 | 四球率 | 三振率 | BABIP |
一軍成績 | 12873 | .203 | .296 | .257 | .200 | 1.46 | 6.9% | 24.4% | .257 |
一軍平均 | 190410 | .268 | .403 | .330 | .261 | 1.51 | 8.8% | 17.5% | .306 |
比率 | 0.07 | 0.76 | 0.73 | 0.78 | 0.77 | 0.97 | 0.79 | 1.40 | 0.84 |
これまた改めて言うまでもないことですが、二軍から上がってくる打者の成績は一軍の平均レベルに比べると大きく劣るものです。
個別の指標としてはまずはRVAに注目したいのですが、これはゼロを基準に直した打席あたりBatting Runsであり、これで( .261 - .200 =) 0.061の差があるということは、打席あたりで得点期待値に与える影響が0.061違うということです。二軍から上がってくる打者が600打席立てば平均的な打者が打つ場合に比べて得点を36点も減らしてしまうことを意味します。
ちなみにやや余談と言えるかもしれませんが、打席数の比率を見ると、中間的な位置付けの選手に与えられる打席数は全体の7%である、ということになります。これは少ないような気も多いような気もします。
なお3年分の数字をとりましたがその中ではこれらの数字は年度ごとにかなり一貫していたことも付け加えておきます。
続いて、投手の成績。打者と同様に同じシーズン内で一軍と二軍両方に出場していてしかも二軍の方が出場が多かった投手について一軍での成績と二軍での成績を見ます。
データ | 投球回 | 防御率 | 失点率 | K/G | BB/G | HR/G | BABIP | FIP |
一軍成績 | 4403 | 5.45 | 5.94 | 5.80 | 4.13 | 1.07 | .318 | 4.71 |
二軍成績 | 16102 | 3.70 | 4.30 | 6.64 | 3.39 | 0.68 | .298 | 3.63 |
比率 | 0.27 | 1.47 | 1.38 | 0.87 | 1.22 | 1.57 | 1.07 | 1.30 |
やはり成績はかなり悪化し、失点は38%も増加しています。内容としても全ての数字が悪化。
三振は取れなくなり、四球を出すようになり、本塁打を打たれるようになり、インプレー打球はヒットになりやすくなり……と明らかな傾向。得点価値を踏まえると、失点を増大させている最大の要因は被本塁打の増加にあると言えそうです。
あえて言えばBABIPの増加幅は他の要素の様子に比べればおとなしいと言えるかもしれず、これは対戦相手のクオリティ向上と味方守備のクオリティ向上の両方の要因が相殺し合っているものと考えられます。
また余計な四球と被本塁打が増える分打席あたりの割合は下がりますがアウト獲得のうちの奪三振の割合は一軍と二軍であまり変わりません。
さすがに一軍の打者は力があって甘い球は仕留められ、また際どい球は見逃されると共に強打を恐れてボール気味になって余計に四球が増えるということでしょう。だから二軍から一軍へ上がる投手に求められるのは強打を避けながらストライクをとる強力な球・制球を持つことですが、あまりに「言うは易く……」な話です。
一軍と二軍の中間の投手の一軍成績と、一軍の投手平均との比較。
データ | 投球回 | 防御率 | 失点率 | K/G | BB/G | HR/G | BABIP | FIP |
一軍成績 | 4403 | 5.45 | 5.94 | 5.80 | 4.13 | 1.07 | .318 | 4.71 |
一軍平均 | 46154 | 3.78 | 4.14 | 6.76 | 3.19 | 0.86 | .295 | 3.77 |
比率 | 0.10 | 1.44 | 1.43 | 0.86 | 1.29 | 1.24 | 1.08 | 1.25 |
失点率は4.14と比較しての5.94と相当に悪い数字であり、140投球回としてRSAAを計算すると-28、すなわちこれらの選手が一軍で140回投げると平均的な投手が投げる場合に比べて失点を28増やしてしまうということです。逆に言えば、一軍の平均的な投手は普通に規定投球回程度投げるだけでも二軍から上げてくる投手を使う場合に比べれば28点セーブしていることになります。
投手についてはこの辺りの点数が一軍と二軍の差の目安として考えられるかもしれません。
以上で一軍と二軍の中間に位置するような選手の一軍での成績と二軍での成績について多少知ることができました。
ただしこれらの数字は基本的に二軍にいて一軍に少し呼ばれて出場した選手がどういう成績を残したかというものであり、仮に二軍の選手の一軍での活躍を予測するのに使うように一般化しようとすると、この時点でバイアスがかかっていることを意識する必要があります(対象となっているのがごく限られた数年だけである、ということは言うまでもありません)。
つまりあくまでも「こいつは一軍で使えるな」と思って使われた選手に限った統計なのであってまだ一軍で使えないだろうと判断されている選手については直接的には何も教えてくれませんし、結果的に良い成績を残せた選手ほど多く起用されるでしょうから今回の条件の中でもそれらの選手に傾向が引っ張られることになります。
しかし、参考となる可能性はあるものと考えています。二軍の選手のうち誰が一軍に呼ばれるかは選手の実力はもちろんですが一軍でどのような欠員が出ているかといった事情にも大きく左右されるでしょうから、二軍の中で一軍に呼ばれる選手と呼ばれない選手の差が必ずしもそれほど決定的でないと仮定すれば、二軍の選手一般の一軍でのパフォーマンス変化は基本的に今回示したような数字に近くなると思われます。
これを一軍の選手評価に用いるとすると、かなり「最低限のレベル」の比較基準と考えることができます。つまり打率が2割を切るような選手や失点率が6を超えるような選手は一軍に居続ける水準になく、二軍から新たな要員を補充したほうが戦力を向上させることができるかもしれないと考慮できます。レギュラーにはなれなくとも安定して一軍に居続けられる程度の選手がこの上の層にいるでしょうから、一般的な控え選手のレベルよりも下であると考えられます。
ちなみに二軍中心の選手ばかりでチームを組むとどうなるか。BsRより得点率は2.48と推測され、失点率は5.94ですから、これをピタゴラス勝率式に入れると予測勝率.148となります(ここでは守備については評価していませんから、守備について考慮するとまた変わるかもしれません)。
このように今回のような研究は二軍の選手の一軍での活躍の予測や一軍選手の評価基準に一定の目安を与えるものであると言えるでしょう。
RVA=(0.56×(四球+死球)+0.72×安打+0.29×二塁打+0.57×三塁打+0.94×本塁打+0.19×盗塁-0.44×盗塁刺)/(打数+四球+死球+犠飛)
塁打/安打=塁打/安打
四球率=(四球+死球)/(打数+四球+死球+犠飛)
三振率=三振/(打数+四球+死球+犠飛)
BABIP=(安打-本塁打)/(打数-三振-本塁打+犠飛)
K/G=38×(奪三振/対戦打席)
BB/G=38×((与四球+与死球)/対戦打席)
HR/G=38×(被本塁打/対戦打席)
BABIP=(被安打-被本塁打)/(対戦打席-奪三振-与四球-与死球-被本塁打)
FIP=(13×被本塁打+3×(与四球-故意四球+与死球)-2×奪三振)/投球回+3
トップ > 分析・論考 > 一軍と二軍の壁