2009.2.8
投手評価のページでも紹介していますが、守備要素を切り離して投手の責任とされる範囲のみで評価を下す指標です。
具体的には野手が関与不可能とされる被本塁打・奪三振・与四死球から防御率を計算します。代表的なのは以下のような式です。
DIPS = (13×被本塁打+3×与四球-2×奪三振)÷投球回+3.2
さらに打球を細かく分類して加重したDIPS2.0やその他諸々の派生バージョンが存在します。
※追記:上記の式を「DIPS」と呼んでいたのはあまり適切な用語法ではありませんでした。上記はTom Tangoの開発したFIP(Fielding Independent Pitching)と呼ぶのが普通です。
被本塁打・奪三振・与四死球の3項目から投手の実力が導き出せるという前提にはひとまず乗るとして、気になるのは防御率に変換することに関して初期タイプの公式が加算式の構造になっていること。すなわちそれぞれのイベントに一定の加重が与えられており、どの投手でも同じ加重になることです。
打撃総合指標についてで触れている通り、イベントの得点寄与は常に特定の値をもっているわけではなく得点環境によって変化し、加算式ではそれに対応できません。打者の場合は自身の打撃が得点環境に及ぼせる影響は1/9でしかないので実質「平均的な加重」でも乗算とほぼ同様に機能します(RCの式の構造、BRとBsRの比較を見て下さい)。しかし、投手は打順によって交代はしないため、対象の投手の特性は相手打線全体に影響することになります。出塁率10割の打者が打線に一人加わったとしてもチームの得点数が無限大になりはしませんがマウンド上の投手一人の被出塁率が10割なら失点は無限大になります。
例えば2008年パ・リーグで規定投球回に達した投手を見ても与四死球率は1.70から4.14まで幅があります。他の要素は変わらないとすると、本塁打を一本浴びたときにより多くの点が入りやすいのは走者を溜めやすい後者でしょう。このように個別の得点環境の違いが大きくなるために、乗算式の「得点環境に対応する」というアドバンテージは投手(守備)に適用する指標としてより大きな意味を持ち、式としてベターになると思われます。被打撃の事情によく対応する式が作れれば投手本来の「あるべき防御率(失点率)」を適切に評価することができます。
というわけで乗算式を利用したDIPSを作ってみようというのが今回の試みです。
ちなみに、詳しくはありませんがMLB関係ではこのような試みはとっくにあるようで、DIPSの開発者であるボロス・マクラッケン自身も取り組んでいたはずです。その意味では別に新しいこととしてやろうとしているとかではありません。そう複雑すぎず使える乗算のDIPSがあればいいなと思っただけで。
それと断っておきますが本当にボールインプレーは投手の責任ではないとしていいのかとか、被本塁打・奪三振・与四死球に本当に野手が関与できないのかとか、そもそも結果的な記録に実力が表れるのかといった問題は今回は触れる気はありません。DIPSの世界の中で少し違うものを作ってみようというだけで、野球観としてその考えを受け入れるかどうかとは別の話です。現在の時点で基本的には賛同しますが、場合によります。
守備の要素を切り離すという部分ですが、守備の要素は全ての投手にとって平均的なものとして扱う、というのでいきます。
打席の結果は被本塁打・奪三振・与四死球・ボールインプレーのどれか(レアケースとして打撃妨害)で、そのうちボールインプレーの内容を標準化すれば各投手の差は被本塁打・奪三振・与四死球の違いのみで生じるということになります。
過去のNPBの一般的な成績からボールインプレーに期待される安打やアウト、つまり守備が平均的と仮定した場合の被打撃成績を計算し得点予想式に入れて27アウトあたりの得点を概算、最終的に失点率の形で表すこととします。
基本となる得点予想式はBsR(Base Runs)を使用します。RCより論理的な構造をしており得点環境の変化の対応に強いだろうという判断にもとづきます。
BsR = A×{B/(B+C)}+D
A = 安打+四死球-本塁打
B = 1.4×塁打-0.6×安打-3×本塁打+0.1×四死球
C = アウト数
D = 本塁打
今回はこの形を使用します。盗塁など細かい項目は省いていますが、大勢に影響はありません。
とすると変数として計算に必要となるのは〔四死球・本塁打・安打・塁打・アウト〕の数です。四死球・本塁打に関しては(投手の成績から)判明していますし、アウト数も奪三振で部分的にわかります。それ以外がボールインプレー(BIP、対戦打席-被本塁打-奪三振-与四死球)からどのように発生するか一般的な成績から係数を出して決定します。
まず、安打数。安打は単打・二塁打・三塁打・本塁打の合計です。本塁打の数はわかっていますので単打・二塁打・三塁打がBIPに対してどのくらいあるのかを計算します。
NPBの歴史的な成績(ただしここでは最近の野球に当てはまるよう90年代以降のデータを使用)から
単打/BIP=0.229
二塁打/BIP=0.056
三塁打/BIP=0.006
合計=0.291
という結果を得ました。
BIPには0.291本のインプレー安打が内在しているということです。
これを対象の投手のBIP数に掛けて本塁打数を足せば安打数が求められます。
さらに塁打は安打に加重をしたものなので、その内訳からBIPには(0.229×1+0.056×2+0.006×3=)0.359の塁打が内在していることもわかります。安打と同様、これにBIPを掛けて本塁打分を足せば塁打数が求められます。
必要な項目はあとはアウトだけですが、これはBIPに対する奪三振以外のアウトの平均値0.735を採用します。打球がそのままアウトになることや出塁してベース上でアウトになることなどをごっちゃで扱っており厳密とは言えませんが、ここを煮詰めても手間のわりに結果は変わらないだろうと思われます。全体として考えればBIPから発生するアウトと奪三振数を合わせれば全体のアウト数に合致するという単純な考え方を採ります。
上記の係数を利用して投手成績から27アウトあたりのBsRを構築すると次のようになります。
BsR27 = {A×(B/(B+C))+D}×27/C
A = 0.291×(打席-本塁打-三振-四死球)+四死球
B = 1.4×{0.359×(打席-本塁打-三振-四死球)+4×本塁打}-0.6×{0.291×(打席-本塁打-三振-四死球)+本塁打}-3×本塁打+0.1×四死球
=0.328×(打席-本塁打-三振-四死球)+2×本塁打+0.1×四死球
C = 三振+0.735×(打席-本塁打-三振-四死球)
D = 本塁打
幸か不幸かBIPに画一的に安打・塁打を見込むためBコンポーネントは比較的簡単な形にすることができます。Component ERAとDIPSの中間みたいな感じですね。
とりあえずこれをMultiplicationタイプのDIPS、MDIPSと呼称して従来のDIPSと比較してみたいと思います。
2008年両リーグで対戦打席数の多い順に20投手をサンプルとして掲載します。
投手 | K/G | BB/G | HR/G | DIPS | MDIPS | 差 |
岩隈 久志 | 7.68 | 1.93 | 0.14 | 2.35 | 2.60 | 0.25 |
ダルビッシュ 有 | 10.35 | 2.64 | 0.55 | 2.50 | 2.84 | 0.34 |
杉内 俊哉 | 10.43 | 1.86 | 0.73 | 2.57 | 2.87 | 0.30 |
田中 将大 | 8.32 | 2.93 | 0.47 | 2.97 | 3.18 | 0.20 |
小松 聖 | 8.34 | 2.43 | 0.77 | 3.23 | 3.44 | 0.21 |
和田 毅 | 6.97 | 2.21 | 0.68 | 3.31 | 3.52 | 0.21 |
成瀬 善久 | 7.34 | 2.34 | 0.74 | 3.35 | 3.57 | 0.21 |
岸 孝之 | 7.55 | 2.90 | 0.66 | 3.34 | 3.58 | 0.23 |
帆足 和幸 | 6.04 | 2.26 | 0.68 | 3.50 | 3.72 | 0.22 |
大隣 憲司 | 8.44 | 2.69 | 0.98 | 3.51 | 3.78 | 0.27 |
清水 直行 | 6.04 | 2.35 | 0.73 | 3.66 | 3.81 | 0.15 |
山本 省吾 | 5.30 | 2.24 | 0.65 | 3.54 | 3.82 | 0.28 |
近藤 一樹 | 5.49 | 3.02 | 0.56 | 3.70 | 3.90 | 0.21 |
金子 千尋 | 6.68 | 2.23 | 1.01 | 3.79 | 4.03 | 0.24 |
小林 宏之 | 6.89 | 2.89 | 0.92 | 3.97 | 4.09 | 0.12 |
渡辺 俊介 | 5.39 | 2.18 | 0.88 | 3.78 | 4.11 | 0.33 |
涌井 秀章 | 6.28 | 3.04 | 0.82 | 3.88 | 4.13 | 0.25 |
朝井 秀樹 | 7.00 | 3.85 | 0.92 | 4.17 | 4.38 | 0.21 |
グリン | 5.38 | 3.48 | 0.98 | 4.54 | 4.72 | 0.18 |
スウィーニー | 4.99 | 4.16 | 1.22 | 5.18 | 5.47 | 0.30 |
投手 | K/G | BB/G | HR/G | DIPS | MDIPS | 差 |
ルイス | 9.91 | 1.79 | 0.65 | 2.48 | 2.83 | 0.36 |
内海 哲也 | 7.58 | 3.69 | 0.34 | 3.13 | 3.36 | 0.23 |
安藤 優也 | 6.43 | 2.84 | 0.46 | 3.23 | 3.51 | 0.28 |
グライシンガー | 7.54 | 1.81 | 0.90 | 3.29 | 3.59 | 0.29 |
岩田 稔 | 5.66 | 3.42 | 0.28 | 3.28 | 3.59 | 0.31 |
下柳 剛 | 5.06 | 2.84 | 0.51 | 3.58 | 3.87 | 0.29 |
館山 昌平 | 5.99 | 2.30 | 0.79 | 3.62 | 3.89 | 0.27 |
吉見 一起 | 6.55 | 2.32 | 0.88 | 3.67 | 3.91 | 0.24 |
中田 賢一 | 8.23 | 3.72 | 0.85 | 3.62 | 3.97 | 0.34 |
山本昌 | 5.87 | 1.96 | 1.05 | 3.99 | 4.16 | 0.18 |
石川 雅規 | 5.37 | 2.16 | 1.01 | 4.08 | 4.28 | 0.20 |
高橋 尚成 | 6.90 | 2.57 | 1.17 | 4.10 | 4.33 | 0.23 |
三浦 大輔 | 7.16 | 2.13 | 1.42 | 4.25 | 4.46 | 0.22 |
高橋 建 | 5.36 | 3.55 | 0.83 | 4.30 | 4.53 | 0.23 |
村中 恭兵 | 7.53 | 4.73 | 0.93 | 4.31 | 4.60 | 0.29 |
大竹 寛 | 5.00 | 3.64 | 0.96 | 4.66 | 4.85 | 0.18 |
小笠原 孝 | 5.88 | 3.11 | 1.32 | 4.78 | 4.97 | 0.20 |
ウッド | 3.64 | 3.58 | 0.96 | 4.78 | 5.16 | 0.38 |
川島 亮 | 6.35 | 3.52 | 1.45 | 5.05 | 5.22 | 0.17 |
小林 太志 | 4.67 | 3.66 | 1.29 | 5.05 | 5.45 | 0.40 |
率直に言ってしまうとDIPSとMDIPSでそう傾向が変わるわけではありません。0.99を超える相関があります(全体的にMDIPSのほうが数字が大きいのは防御率ではなく失点率に合うようになっているため)。
もっと優れた投手と悪い投手の差が開くように出るかと思ったら意外とそうでもなく。こういうもんなんでしょうか。
守備が標準化されていても失点率で3程度(同じ投手が年間投げ続けるとすれば420点)の大差がつくことが示されてはいますが、それ以上は逆に「限界」が見えてしまうのかもしれません。最も比率の低い部類の投手でも打席のうち半分以上はBIPであり、それが同じ内容を持つ以上、良い意味でも悪い意味でもそれが評価の歯止めとなる様子。飛びぬけた成績というのは守備や運の助けがなければ達成できないものと言えそうです。
補足としてこのようなDIPSの場合、「“打たせてとる”技術が評価されないから」という理由以外でグラウンドボールピッチャーにやや不利と考えられます。基本的にゴロで塁打は稼げないので本塁打と三振を対象から除いた長打率ではフライボールピッチャーのほうが高く出やすいはずですがDIPSでは均一なものとして扱われるためそのアドバンテージが反映されないからです。併殺打等も影響はするでしょう。
イベントの加重の変化はなかなか面白いものになっています。
非常に優秀な成績を残した楽天岩隈(MDIPS:2.60)と同チームの新人で期待されながら思うような結果を残せなかった長谷部(MDIPS:5.97)の被打撃成績をベースに被本塁打・与四死球・奪三振・BIPそれぞれの打席を加えてみた場合の得点増は以下のようになります。
投手 | MDIPS | K/G | BB/G | HR/G | Plus HR | Plus BB | Plus SO | Plus BIP |
岩隈 久志 | 2.60 | 7.68 | 1.93 | 0.14 | 1.40 | 0.28 | -0.07 | 0.09 |
長谷部 康平 | 5.97 | 4.83 | 5.04 | 1.26 | 1.48 | 0.35 | -0.11 | 0.09 |
シーズンの中で一人の投手がそう膨大な打席数を担うわけではないことを考えると量的に大した違いではないのですが、やはり被出塁の多い長谷部のほうが攻撃成功イベントが相乗的によく効く状態になってしまっています。
奪三振による点の防衛が岩隈のほうが少ないのはそもそも失点の要素が少ないからです。失点要素がないのに奪三振による点のマイナスが存在し続けると失点数がマイナスの値というあり得ない事態になってしまいますからね。実際、1イニング投げて3者三振でしたという架空の成績を作って入れるとMDIPSは0.00ですが加算のDIPSは-2.80を示します。評価の対象とするに足る打席数の投手の中で実際にそんなことはまずないと思われるのでマイナスの値をとり得ること自体を問題だとは思いませんが、加算式の難点の一端が表れるところかなとは思います。
何よりDIPSの式をいじるのに魅力を感じるのは、野球の仕組みが垣間見れる感じがするためです。
フィールドに打球が飛んでしまえば、ヒットになるかもしれないしアウトになるかもしれない。守備力が低くても奪三振率を上げればその関与自体を減らせる。数式にするまでもなく当たり前のことですけど。ストライクの入らなくなった投手に野手が言う「俺達が守ってんだ!いいから打たせろ!」なんていうのも改めて説得力を感じるのは私だけでしょうか。
またDERの視点から各チーム固有のBIPに対する係数を求め、守備の影響を探ることもできます。
いずれにせよまとめとしては打撃の総合指標とはまた異なる事情で加算モデルでも乗算モデルでも同じような結果だと言えてしまうかもしれません。簡単さを考えるとやはり加算モデルは魅力的です。一応、乗算モデルもあってもいいだろうということで。
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