リプレイスメント・レベル概論

2010.3.29

by Baseball Concrete

1.選手評価と平均値

 選手はどのように評価されるべきか。

 それは、リーグ戦で勝つとはどういうことかを理解することに始まります。チームの勝利に貢献している者が価値のある選手です。

 野球のリーグは互いに対戦を行うゼロサムゲーム(誰かが勝つ分誰かが負ける)であり、他に比べて優れているときにはじめて勝利することができます。したがって大切なのは「他に比べて」優れていることです。絶対的な野球のうまさが直接問題になるわけではありません。したがって選手も、他の選手に比べて優れている場合にチームに勝率の優位さを与え、勝利に貢献している選手とみなすことができます。

 チームA、B、Cが争うリーグがあり、それぞれのチーム打率が.300、.260、.250だとしたら、Aが最も優秀でしょう。何故ならこれだけ他のチームに比べて打率が高ければ得点も多く、勝率も高いと思われるからです。 しかしそれぞれのチーム打率が.300、.360、.350に変化したならばたちまちAは最下位のチームになるでしょう。自身の打率は変わらなくても、対戦相手との関係が変化したからです。他に比べて優れているのが大切とはこういうことです。

 これは平均という基準によりはっきり見ることができます。最初の場合はリーグの平均打率は ( .300 + .260 + .250 ) / 3 = .270 であり、チームAの打率.300は明らかに全体の打率に比べて優れています。B、Cのチーム打率が変化した後は平均打率は.337になり、Aの打率が劣ることがわかります。

 このように、チームがどのように利得を得ているかを表すには平均との比較は有用であり、個人レベルに落としこんでも同様です。 高い打率を残すような技術がすごいから賞賛するわけではなく、他と比べて安打が多ければ得点で相手を上回って勝利する可能性が高くなる、そのことが重要です。

 そしてセイバーメトリクスは伝統的に、リーグ平均を基準として選手を評価してきました。典型的なものはピート・パーマーによる選手評価法であるBatting Runsです。これは同じ打席数を平均的な選手が出る場合に比べてどれだけチームの得点数を増やしたとみなせるかという評価であり、その定義の中にまさしく平均を含んでいます。平均との比較は利得を明確に表すだけでなく数理的にもわかりやすく定義できる点が有用であると言えます。

 しかし当然ながら平均を基準にとると平均的な選手の評価値は「ゼロ」です。これ自体に問題があるわけではありませんが、現実感覚にそぐわないのではないかという考え方があり、ここから本題であるリプレイスメント・レベル(Replacement Level)の話が始まります。

 

2.現実的な価値の評価

 平均と比較する評価が問題になるときはどういう場合か。これはキース・ウールナーという人物が鮮やかに説明しています。

 以下、キース・ウールナーによる『VORPの紹介』※1から説明部分を私なりの言い方でまとめることでリプレイスメント・レベルへの誘いとしたいと思います。引用としてはウールナーの説明と私の意見が混ざってしまって適切ではないのですが、日本向けにわかりやすくした紹介、パラフレーズということでご了承下さい(書いているうちに結構私見が入ってしまいました)。

 

● ● ● ●

 

 野球の競争とはいかに「相手より」優れているかです。 ということは全てのチームが当然に持ちうる、比較して差が出ない要素は、それ自体は競争に貢献する要素として考慮する必要がないことになります。例えばプロの球団であれば制度上要求される最低限のコストで必要な人数の選手やスタッフを抱えていることは当然であり、そのことの価値は各チームの優秀さを比較する上でわざわざ考慮しても意味がありません。それは最小の価値として考えられます。

 チームを構成する資源として選手というものについて考えてみると、そこには数少ないスタープレイヤーがいて、いくらかの平均的な選手がいて、実質的に数限りない二軍やそれ以下の選手がいます。事実上、平均的な基準に満たない選手のほうが多くなります。

 こう考えると、平均的な選手には価値があります。何故なら平均的な水準の人材というのはどのチームもが最小のコストで当然に持ちうるものではないからです。仮にレギュラーの怪我に対してその穴を埋めるとすれば、そこで出てくるのは能力が平均に満たない控えレベルの選手です。従って現実的には選手が出場することの価値というのは平均との比較ではなく「その選手を最小のコストで得られる代替手段と取り替えた場合との比較(=リプレイスメント・レベルとの比較)」によって適切に評価されます

 ピート・パーマーのBatting Runsでは平均的な選手ではどれだけ出場しても評価は「ゼロ」ですが、実際には多く出場すればその分レベルの低い代替選手を出さなくて済むためチームに競争優位性を与えていて、平均的な出場を評価しないのは平均的な選手の貢献を不適切に評価することになります。

 つまり選手の貢献を評価するときに重要なのは平均レベルとの比較ではなくリプレイスメント・レベルとの比較です。リプレイスメント・レベルは数学的には曖昧な概念ですが、実用上、経済性などの上で重要なものです。特に選手が怪我をせずに出場し続けることを的確に評価します。

 平均を基準とする選手評価が不適切になる例を考えてみましょう。自分という要素以外は全く同じ内容のチームにそれぞれ属する以下の二人の選手を仮定してみます。

 

 山田 : 600打席 打率 .260 出塁率 .330 長打率 .420

 鈴木 : 100打席 打率 .300 出塁率 .400 長打率 .550

 

 山田は安定している代わりに地味な平均的選手であり、鈴木は打席数は少ないですが出場中の成績はMVPクラスのものです。

 さて、ここでシーズンが終了するまでには各ポジションの打者に600打席の出場が必要であるとします。山田は体が丈夫ですから600打席しっかり出場しきることができたわけですが、鈴木は体の強さに問題があり、100打席しか出場できませんでした。では残りの500打席はどうなるでしょうか。もし鈴木の体質がシーズン開始前に明らかでなかったとすれば、チームはベンチの適当な控え要員を出場させるなり、二軍から選手を上げてくるなりするでしょう。余計な代償を支払いたくなければそのくらいしかできません。前述の内容から繰り返しになることですが山田ぐらいの平均的な選手というのは通常、容易にベンチに保持されてはいません。レギュラーの代わりに出場する控え要員はレギュラーより力が劣り(だからこそ控えなのです)、したがってレギュラー間の「並」である平均という基準よりも下の選手になります。

 今回は、チームが二軍に抱えている佐藤選手を上げてくるとします。佐藤は出場機会を与えられてスタープレーヤーレベルの素晴らしい活躍を見せるかもしれませんが、通常そんなことは期待できません。実際の彼の実力がどの程度であるかはそれまでの二軍の成績からだいたい推測することができ、仮に 打率.225 出塁率.295 長打率.385 の成績が見込めるとします。

 ここで重要なのは、佐藤個人がどうこうではなく、佐藤はチームが余計なコストをかけずに得られる代替手段のうちの一人に過ぎないということです。チームは実質的に佐藤のような選手を簡単に用意できます。無数の同じような選手のうちからこのときはたまたま佐藤が呼ばれたに過ぎません。

 結局、鈴木が出場できない500打席を佐藤が埋め合わせるとすれば、山田と鈴木それぞれの所属チームは以下のような結果を得ます。

 

 山田所属チーム

 山田 : 600打席 打率 .260 出塁率 .330 長打率 .420

 

 鈴木所属チーム

 鈴木 : 100打席 打率 .300 出塁率 .400 長打率 .550

 佐藤 : 500打席 打率 .225 出塁率 .295 長打率 .385

 

 リーグ平均との比較で言えば、山田は完全に平均的ですから0点、鈴木は7点ほどの利得を稼いでいることになり、鈴木が最も優れた選手のように思われます。しかし鈴木の健康問題によって出場を余儀なくされた佐藤は平均に対して-15点の選手であり、総合すると鈴木所属チームは平均と比べて-8点となってしまいました。

 こうなると、出場中は極めて優れた選手である鈴木ですが、(後から思えば)鈴木所属チームのマネージャーは鈴木を山田とトレードしたほうがよかったことになります。鈴木を抱えていると結果的には控え選手である佐藤を出場させなければならなくなることによって、平均的な山田を起用し続ける場合に比べて得点数が少なくなるからです。鈴木所属チームが山田所属チームと同じだけの得点数を得るためにはコストをかけることなしに得られる佐藤のレベルよりも良い代替手段を得なければならず、それには当然追加的なコストがかかります。仮に山田と鈴木の年俸が同じまたは鈴木のほうが高いとすると、山田を抱えておく場合に比べてコストがかかるため経済性で劣ります。

 以上のことは平均ではなくリプレイスメント・レベルを用いた分析を行うと端的に明らかになります。リプレイスメント・レベルと比較しての山田の価値は18点であり、一方鈴木は出場が少ないために10点にしかなりません(佐藤はここでリプレイスメント・レベルとみなされているわけですから当然0です)。※2

 このように仮に鈴木よりも山田のほうが価値があるとするならば、選手の価値を評価する指標は鈴木のほうを高く位置付けてはいけません。平均との比較では山田が0点、鈴木が7点でした。したがって平均と比較を行う指標は選手の価値の何らかの側面、体が丈夫なことによる出場数といったものを評価し損ねていることになります。

 リプレイスメント・レベルを基準として用いることの有用性はここまででお分かり頂けたと思います。リプレイスメント・レベルを以下のように定義します。

 《リプレイスメント・レベル:平均的なチームが先発出場選手を置き換える必要が生じたときに最小のコストで手に入れることができる手段に期待される働きの水準》

 一概にリプレイスメント・レベルと言っても、出てきた特定の控え選手がその水準よりも明らかに良いパフォーマンスを発揮したり、逆に多少悪かったりすることは考えられますし、特定のチームが明らかに他よりも優れた控え選手を保有している場合も考えられます。しかしこれらのことはリプレイスメント・レベルの基本概念に何ら影響を及ぼしません。結果的に代替の選手がどれだけ活躍するかは意思決定の判断に影響を持ちませんし、チームごとの差は個々の判断や評価においてチームという環境が重要であることを示すに過ぎないものです。仮に全てのチームがリプレイスメント・レベルよりも良い代替手段を容易に得られるようであるならば、それは設定したリプレイスメント・レベルが低すぎるというだけのことです。

 

● ● ● ●

 

 リプレイスメント・レベルと比較して選手を評価するというのは、選手の価値を数量化する際にリプレイスメント・レベルをゼロとするということです。議論の根本として最も重要な点ですから繰り返しますが、リプレイスメント・レベルをゼロとして評価をする理由は、リプレイスメント・レベルは全てのチームが当然持ちうる最低限の水準であり、その水準より下は優劣の比較として考慮する意味がないからです。平均は全てのチームが余計なコストを支払わずに利用することができる水準ではないため、平均をゼロとすると最低限の水準より良い仕事をしていることの価値を不適切に評価することになります。キース・ウールナーによればリプレイスメント・レベルとは野球における最小の価値の言い換えであるとみることができるでしょう。

 以上の議論を受けて、ウールナーはその後広く普及することになる指標であるVORP(Value Over Replacement Player:代替選手と比較しての価値)を提唱しています。

 このVORPは非常に優れた指標で、Batting Runs/Pitching Runsの基準変更版と言えます。Batting Runs/Pitching Runsは「同じ打席数(イニング数)を平均的な選手が出場する場合に比べて貢献した得点数」を表しますが、この「平均的な選手」を「控えレベルの選手」に入れ替えればVORPの意味になります。オリジナルの紹介では打者についてはMLV(RC)を基にして算出すると説明していますがその後変更されていますし打撃成績を得点に変換することができる計算式であれば別になんでも構いません。野手のVORP自体は打撃のみを評価する指標ですが、Fielding Runsなど好きな守備得点化指標をくっつければたちまち選手の価値を表すのに有力な完成された指標になるだろう、としています。

 VORPが紹介されたのが2000年前後で、それから10年ほど経った現在セイバーメトリクス界で選手の最終評価の主流はWAR(Wins Above Replacement)と呼ばれるものですが、これは実際のところVORPから大して変化をしていないと言えます。WARは平均と比較しての利得に平均とリプレイスメント・レベルの差を加算したものであり、UZRなど高いレベルで完成された守備指標が乗っかっていることなんかは大きな進歩ですが、WARのことをVORPと呼んでも用語としては差し障りないでしょう。

 ところで、ウールナーは選手を平均と比較することの問題点を鋭く突いてみせましたし、半分ウールナーが乗り移った状態で書いたここまでのまとめでも補足なしにそのように書いてきました。その話の筋は納得できるものですが、では平均との比較を行う指標が全く意味がないものであるかといえばそうではないと思います。「平均に比べて良い」ということはリーグで上位に位置するだけの価値をはっきりわからせてくれますし、数理的にも明確です。つまり平均との比較は平均との比較として有用であり、実際に控えと取り替える場合を考えたいとすればリプレイスメント・レベルが有用であるということで、雑な言い方ですがケースバイケースです。

 リプレイスメント・レベルに対する私個人の立場としては、最低限の価値云々というよりは選手が怪我をしたとしてもすぐに平均的な選手が用意できるわけではなく劣る控え選手が出てくるわけだから「その選手が出場していることによる価値・貢献」は控えレベルの選手との比較で測られるのが現実的だろうというところです。

 ちなみにですがリプレイスメント・レベルの概念が最初に扱われたのは例によってビル・ジェイムズのベースボール・アブストラクトだと言われています。

 

3.リプレイスメント・レベルの定義

 リプレイスメント・レベルの意義についてはとりあえずここまでにします。ここからの問題はリプレイスメント・レベルが具体的にどう定められるかです。

 リプレイスメント・レベルは定義や算定が難しいものですが(複数の定義が存在し、「リプレイスメント・レベルとは何か、とは明確な答えのない問いである」なんて書かれてたりします)、少なくともMLBにおいては、なんとなく意見が一致してきているようです。意味的な定義はほぼ前述のようなもので、以下は数字的な算定について見ていきます。

 

 キース・ウールナーによる算定

 前掲のウールナーのVORP解説には、いかにしてリプレイスメント・レベルを算定したかは書かれていませんでした。最近では、Baseball Prospectusの出版である『Baseball Between the Numbers』※3においてウールナー自身が同じように改めてVORPを紹介し、リプレイスメント・レベルの算出方法まで説明しています。

 基本的な考え方は「控え選手の成績を集計する」ことであり、手順は次のようなものです。まず打者であれば、各チーム各守備位置で最も多くの打席数出場している者をレギュラーとして、残りをリプレイスメントとしてまとめます。そしてリプレイスメントの成績を守備位置ごとに集計します。これが打者のリプレイスメント・レベルになります。

 投手は先発と救援で大きく事情が異なることから両者を分けるところからはじまり、先発については最も多く先発登板をしているローテーションの5人を除外、残りの先発投手をリプレイスメントとしてまとめます。救援投手についてはまず各チームで救援投手としてのイニング数が多い順に投手を並べ、救援投手が投げたイニング数全体の80%を超えるまで上から順に除外。残りがリプレイスメントです。80%というのは、だいたい野手でも先発投手でもレギュラーがそのくらいの割合を占めるというところから来ているようです。

 私としては、細部に議論の余地はあるにしろこのウールナーの算出方法は明快で好きです。レギュラーを除外した分をまとめれば「だいたい控えってこんなもんだよね」というのがわかってくる。このことに大きな問題はないでしょう(ところで、「守備位置別打撃レベルと控え選手打撃レベル」を書いたときはBBTNの当該記事をまた読んでおらず、思いっきり似たようなパクり内容をやってしまったわけです)。

 調べた限りでは、出場の多い順に消していって残りを集計するという発想・手法については多くのリプレイスメント・レベル研究で共通しているようです。またそうでないにしろ、結果は似通ってくるようです。

 結果、打者のリプレイスメント・レベルは、当然年代や守備位置によって異なるものの得点率(RC27)の意味で平均に対して80%程度。投手のリプレイスメント・レベルは失点率で表され、先発投手は「1.37×リーグ平均失点率-0.66」救援投手は「1.70×リーグ平均失点率-2.27」によって求められます。

 得点率を4.50として考えてみると、リプレイスメント・レベルの打者ばっかりを出場させると得点率は3.60になり、リプレイスメントの先発投手は失点率5.51、救援投手は5.31になるということです。

 この定義により、例えば打者は「(RC27-0.8×リーグ平均RC27)/27×(打数-安打+盗塁刺+犠飛+犠打+併殺打)」でVORPが算出できますし、先発投手は「{(1.37×リーグ平均失点率-0.66)-失点率}/9×投球回」で算出できます(救援投手は対応する数字を変えるだけ)。ただしこれは大まかな計算であって、実際に行われている算出にはもっと違う式が使われていたり補正が入ってきたりしますが。

 

 タンゴタイガーによる算定

 上記の定義の他に、タンゴタイガーによる定義も比較的広く認められているようです。タンゴの定義は「式」になってるウールナーのそれに比べて見た目妙にあっさりしており、野手と先発投手は勝率.380、救援投手は.470のレベル。これだけです。※4

 しかしあっさりしすぎていて逆に説明が必要で、これはリプレイスメント・レベルの野手と平均的な投手のチームを組んだときに勝率が.380になる、という意味であり、投手についてもそのレベルの投手が全イニングを投げて野手は平均的である場合にその勝率になるという意味です。結局、全ての選手をリプレイスメント・レベルにするとその場合の勝率は.300になります。この表現の仕方は慣れないと混乱を招きやすいですが、全体的な得点率の高低が変化しようが勝率.380は勝率.380として「リプレイスメント・レベルの勝利に対する関係」が普遍的に定まるためにタンゴはこの表現を好むようです。

 この結果がどのようにして得られたか詳細なところはよくわからないのですが、やはり主に出場するレギュラー格を除外するようにして数字をまとめる方法などによりこういう結果が得られる様子。

 

 ウールナーとタンゴの比較

 タンゴの算定をウールナーによる算定と比較してみましょう。リプレイスメント・レベルの野手と平均的な投手のチームは勝率.380(タンゴ算定)です。先程の計算より、ウールナーの算定でのリプレイスメント・レベルの野手の得点率は3.60で、失点率を平均の4.50としてピタゴラス勝率によりこのチームの勝率を計算すると.390になります。かなり近いと言えるでしょう。

 また、タンゴの算定で先発投手がイニング全体の65%を投げると仮定すれば、投手全体としてのリプレイスメント・レベルは勝率.410になります。同様にウールナーの式での投手全体のリプレイスメント・レベルは失点率4.50を基準として5.46になり、得点率4.50の打線と共に試合を行うとすれば勝率は.404と見積もられます。続いて得点率3.60と失点率5.46、つまり野手も投手もリプレイスメント・レベルでのチームを仮定すると、勝率.303。タンゴによる.300という定義とここでも一貫した結果が得られます。

 ウールナーによる算定とタンゴによる算定は表現されている形式こそ違いますがウールナーの算定を勝率に換算すればタンゴによる算定とよく一致し、逆にタンゴの算定を必要な得点数に変換すればウールナーによる算定に極めて近いものが得られるというわけです。

 ふたつの定義に見られる主な違いは救援投手についてです。確かにウールナーの算定でも救援のリプレイスメント・レベルのほうが先発のそれよりやや高いのですが、実際にはあまり問題にならない程度の差です。一方タンゴの算定では9イニングあたり0.09勝(失点率で約0.90点)分も異なります。

 これについては、タンゴは「同じ投手でも先発投手として投げるときと救援投手として投げるときではパフォーマンスが大きく異なる」という法則が強く存在することを重く見ているためと思われます。長いイニングを投げなければならない先発投手に比べて、短いイニングを自分が抑えられそうなときに(これは監督や投手コーチの判断にも影響されますが)投げる救援とでは一般に救援として投げるほうが失点阻止力が向上します。であれば同じようなリプレイスメントの集合があったとしても、それを先発投手として起用するか救援投手として起用するか(つまり先発投手と救援投手のリプレイスメント・レベルそれぞれ)では大きな違いがあるということです。

 今のところ、先発と救援に違いがあるのは理屈としても感覚としても数字としても納得できますが、気になるのは救援に比べて先発にそれだけ困難さがあるのであれば何故ウールナーの算定にもっと傾向として現れてこないのかということです。救援のリプレイスメント・レベルがタンゴが言うほど高いのであれば失点率がもっと良く出るはずです。考えられるのはウールナーによる救援のレギュラー除外の基準「80%」が高すぎるということでしょうか。しかしリプレイスメント・レベルの定義からして、そこに含まれる選手が全体の30%や40%に出場していることになってくると問題があるでしょう。30%ということは割合として140試合のうち42試合、600打席のうち180打席をリプレイスメント・レベルの選手達に任せているということで、もはやそのぐらいのレベルは最小の価値というよりは信頼を得ている可能性があります(では何故20%ならいいのかと言い出すと、また難しいのですが)。救援水準については、結局よく出ている選手を取り替えたときに失点率が悪化しているのなら、それはそれとして受け止めるのが基本線であるように思われます。

 

 守備のリプレイスメント・レベル

 タンゴは守備のリプレイスメント・レベルについても算定を試みています。※5 「守備のリプレイスメント・レベルを算定せよ」と言われれば普通は構えてしまいそうですが、タンゴはこれを極めて単純明快にこなしています。その方法は各守備位置で最も多く出場した守備者30名(MLBの球団数分)をレギュラーとし、残りをベンチとしてそれぞれ9イニングあたりの補殺・刺殺を計算、比較するというもの。

 イニングあたりの補殺・刺殺といえばレンジファクターであり、レンジファクターを守備指標として使っていいのかと思われるかもしれません。しかしこの場合はあるチームの選手と他のチームの選手を比較するわけではなく、同じチーム内でのレギュラーと控えの比較を全ての球団に渡って行っているだけであり、投手や球場による偏りはあまり考慮する必要がなくなります。必要なのはサンプルサイズであり、MLBではそれが得られます(可能なら補正したほうがいいことは確かですしゾーンレイティングを用いた算出も行ったようですが)。

 そうして計算された結果は、結論としては「控え要員の守備力は先発の選手とほぼ同じ」とのことです。細かく言えば内野手はレギュラーのほうが少しだけ守備力が高く、外野は控えのほうがほんの僅か守備力が高いといった傾向があるようですが、全体とするとあまり注目には値しません。フル出場しても平均的選手がリプレイスメント・レベルと比べて得る利得は野手一人あたり0.5勝に満たない程度です。この辺りが理由であるのか現行のリプレイスメント・レベル基準の指標はリプレイスメント・レベルの選手の守備は平均的であるとみなすことが多いようです。ただしリプレイスメント・レベルの理念を一貫して適用するのであれば本来は勘定に入れるべきでしょう(また、打撃と同レベルがそれ以上に大きく平均と差があるリプレイスメント・レベルを想定する場合もあります)。

 ちなみにウールナーは『VORPの紹介』の段階でリプレイスメント・レベルの野手の守備走塁は並であると定義しています。

 

4.日本版リプレイスメント・レベル

 リプレイスメント・レベルの日本版は求められるでしょうか。私は、ウールナーが紹介しているような方法はほぼ普遍的に意味を成すものだと考えています。結局、レギュラーを取り替えたときに出てくるのはレギュラーでない選手であり、その数字を拾っていけばリプレイスメント・レベルの数字が定められるでしょう。あとは細部の、どこまでをリプレイスメントとみなすかなどがケースバイケースで判断される必要があるということです。理論的に最低限レベルの価値というものを堅く定めようとすればそれは難しいでしょうが、だいたい控え選手のレベルがどのくらいかを知ることができれば十分評価に役立てることはできると思います。

 打者

 打者については過去に「守備位置別打撃レベルと控え選手打撃レベル」で行った算出がほぼウールナーの手法に等しく、これを日本でのこの期間の打者のリプレイスメント・レベルとすることにさほど問題はないと考えています。対象とする期間などを拡大させていこうと思えば、手間さえかければ容易に拡大させていけるものです。ここではリプレイスメント・レベルのRC27は平均に比べて7割程度でした。日本では特にレギュラーと控えで長打力の格差が大きいようです。

 投手

 投手については今回試験的に3年分(2007年から2009年)の数字を算出してみました。算出方法はまず、救援投手は複数イニングを投げることは少ないため登板あたりのイニング数が2未満の投手を救援、それ以外を先発に分割。そこから日本のローテーション事情を踏まえ、先発投手の中から各チームイニング数が多い順に6人をレギュラーとして除外し、残りをリプレイスメントとしてリプレイスメント・レベルを算出。救援投手についても各チーム6人ほどは一定の頻度で登板する投手がいると見られたことから先発と同様イニングが多い順に6人を除外。残りをリプレイスメントとしました。この分割を用いると結局、リプレイスメント・レベルが出場している割合は2割程度になります。

 結果は、失点率の平均が4.14なのに対してリプレイスメント・レベルの先発投手は5.77、リプレイスメント・レベルの救援投手は5.55。勝率で評価した場合それぞれ.340と.358でした。この数字は先行する研究とそう遠くはありません(やはりウールナーの算出同様、先発と救援で大きな違いは見られませんでした)。目安にはなると思います。

 守備

 守備については日本でもタンゴタイガーが実行したレンジファクターを使うメソッドがそのまま適用できるものと考えています。 しかし幸いこれまでに当サイトの守備評価のページにおいて「一定以上出場した守備者の守備力評価」を算出しまとめてありますので改めてレンジファクターを求めることをせずともそれらを集計するだけでも(捕手については捕逸阻止なども評価に入れた上で)目安を計算できます。

 考え方としては非常に簡単で、レギュラー格の守備得失点と出場割合がわかれば「残り」も定まるということです。仮にレギュラーが全体の80%に出場していて10点の利得があるとすれば、リプレイスメントは残りの20%で-10点になる水準の働きをしたと自動的に求められます。

 そうして、リプレイスメント・レベルの守備者が140試合出場したとすると平均に比べての得失点は以下のようになると計算されました(2005年~2009年のデータより)。

 

 捕手  -5

 一塁手 -1

 二塁手 -4

 三塁手 +3

 遊撃手 -9

 左翼手 +7

 中堅手 -6

 右翼手 -2

 平均  -1

 

 守備位置ごとになかなか注目すべき数字が出ています。特に守備力が重視される遊撃手・中堅手・捕手などです。 左翼手などは打撃重視でレギュラーが選出されているのであり、守備はリプレイスメント・レベルのほうが上手いという結果にもなっています。しかしやはり全体の平均としては年間でたった1点分しか違わないということで、打撃や投球に比べれば影響は基本的に軽微であると言えるでしょう。なお守備評価のページの掲載基準は300イニング以上の出場であって、これは各チームから一人とかいうよりはゆるい(より多くの選手がレギュラークラスとして入る)基準ですが、レギュラークラスの出場割合は例によって8割程度になります。

 リプレイスメント・レベルを使用するときに守備位置ごとの数字をそのまま適用するかといったことにはまた議論があります。

 まとめ

 大雑把な表現ではありますが、日本では打者をリプレイスメント・レベルに取り替えると得点は70%程度に減り、投手をリプレイスメント・レベルに取り替えると失点が140%程度に増え、守備は守備位置ごとに状況が違うものの全体としての水準はあまり変わらない、リプレイスメント・レベル・チームの勝率は.200程度になる、ということが今のところ傾向としては言えます。

 個人評価への目安としては、仮に成績が平均的でも1年間出場した野手やローテーションを守った先発投手はリプレイスメント・レベルに比べて2~3勝ほど多く上積みする価値を持ちますし、50試合以上登板する救援投手は1勝分に近い価値を持つといったところです。

 数字は年代によって大きく変わるでしょうし、日本でのリプレイスメント・レベルの算出はどのように行うのが適切かということはこれからさまざまに探求していく余地があります。MLBでの数字も固まっていると言えるわけではなく研究されている最中のものです。

 

5.結論

 リプレイスメント・レベルとは選手の価値の比較基準として最低限のものであり、それによる評価は平均という基準を使う場合に比べて選手の現実的な価値を表します。リプレイスメント・レベルを用いるか用いないかは選手を評価する際のひとつの選択肢にすぎませんが、有力な選択肢であることは間違いないでしょう。MLBでは既に主流となっています。

 リプレイスメント・レベルは基本的にリーグの成績から多く出場するレギュラークラスの成績を除外することによって求められます。MLBではリプレイスメント・レベルのチームは勝率.300程度であることが目安となっており、日本ではそれよりもやや低くなる傾向が出ていますが、いずれにせよまだはっきりと定まった数字ではありません。今後リプレイスメント・レベルの算定方法はさらに改良されていくことが期待され、当方としてもそのような努力に取り組めればと思っていますし今回のような取り組みがこの先日本でも議論が発展していくことの一助となれば幸いです。

 最後に、珍しくセイバーメトリクスのサイトらしくない人間的な言葉で締めくくってみたいと思います。VORPを世間に広めた当の本人であるウールナー自身が言っていることですが、リプレイスメント・レベルの理念においてリプレイスメント・レベルの選手の価値はゼロになるとはいえ、それでもそのような選手達もプロ野球に属する人間であり、普通に生きている私たちの99.9%以上に比べて「遥かに野球が上手い」のです。彼らは過酷な練習と残酷な舞台をくぐり抜けてきた非常に希少な、星の数ほどの野球少年が死ぬほどなりたくてもなれなかった存在であり、その素晴らしさへの尊敬は忘れてはならないでしょう。

 


※1 Keith Woolner, "Introduction to VORP: Value Over Replacement Player," Stathead.com, 2001

※2 この辺りの数字の由来が謎と思う人向けの蛇足的な解説です。

 説明の中の数字はほぼ全てキース・ウールナーによる原典が示すまま使用していますが、その計算について特に説明はされておりません。しかし、打撃により創出された得点数は打率・出塁率・長打率から、基礎的なRCの公式を用いて概算することができます(他にもLWTSに近似するなどの方法がありますがこの時点でのVORPがRCベースということでRCを使うことにします。より正確にはMLVというRCの応用のような指標を使われているはずですが、日本ではMLVの知名度がなさすぎるためRCで考えます)。

 RCの基本公式は「出塁率×長打率×打数」であり、「出塁率×長打率」の部分は打数あたりの得点創出を表していることになります。そして打数は打率の分母であり、「1-打率」を計算することにより打数のうちアウトになった割合がわかり、結局「(出塁率×長打率)/(1-打率)」によりアウトあたりの得点創出が計算できます。また、各打者が消費したアウト数は打席のうち出塁できなかった分ですから「アウト数=打席×(1-出塁率)」であることもわかります。

 以上より、アウトあたりの得点創出は〔山田 0.187・鈴木 0.314・佐藤 0.146〕で、消費したアウト数は〔山田 402・鈴木 60・佐藤 352.5〕です。0.5アウトとかありえないですが数理上のものと寛大に見てください。

 そして同じアウト数で平均の水準(=山田)が創出する得点数と比較すると、鈴木は「( 0.314 - 0.187 ) × 60 = 7.6」佐藤は「( 0.146 - 0.187 ) × 352.5 = -14.5」です。ウールナーが示している7及び-15とほぼ一致します。

 リプレイスメント・レベル(=佐藤)との比較では、山田は「( 0.187 - 0.146 ) × 402 = 16.5」、鈴木は「( 0.314 - 0.146 ) × 60 = 10.1」。これもウールナーによる18、10と概ね一致します。

 ちなみに、ウールナーは説明でピート・パーマーの指標としてTotal Player Rating(走攻守含めた総合指標)を指名しておりますが、日本ではほぼ馴染みがない上に守備や走塁などへの言及がないのにわざわざ使用する必要はないと考えたためTPRから打撃の評価だけを取り出したBatting Runsに置き換えさせてもらいました。とはいえTPRを出してくるということは、VORPは守備を考慮しないものの同じ名前で投手は対象に入れる指標であり、志向としては総合的な指標と対比させるようなものを作者は意識しているかもしれないことを一応ここに書き添えておきます。

※3 Keith Woolner, "Why Is Mario Mendoze So Important?" Baseball Between the Numbers: Why Everything You Know About the Game Is Wrong, Basic Books, 2007, pp. 157-173.

※4 Tangotiger, "The Official Replacement-Level Thread," THE BOOK BLOG, 2006

※5 Tangotiger, "Replacement-Level Fielding," THE BOOK BLOG, 2007

 

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