セイバーメトリクス大討論会(架空)
2012.12.2 by Baseball Concrete
―都内某社の会議室にて―

野球ライター・A
「本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。一応自己紹介しておきますと、私は野球専門誌『Stealers』などでライターをしているAと申します。よろしくお願いします」


ブロガー・B
「よろしくお願いします」


セイバーメトリシャン・C
「よろしくお願いします」


野球ライター・A
「さて、今回は既にご連絡しましたように、野球に関するデータ分析「セイバーメトリクス」の重要性が高まっている昨今、我々はいったいセイバーメトリクスとどう向き合っていくべきなのか? セイバーメトリクスは本当に信頼できるのか? といったことを一般的な立場から率直に議論する場として設けさせていただきました」


セイバーメトリシャン・C
「承知しております」


野球ライター・A
「私自身、野球に関する記事を書くときに数字は欠かせないものだと従来から思っています。王選手の凄さを語るときには868本塁打、江夏豊投手なら年間401奪三振。野球はそういう数字から成り立っていると思うときすらあります」


ブロガー・B
「そうですね。これほど数字が語られるスポーツもないかもしれない」


野球ライター・A
「はい。しかし、最近のいわゆるセイバーメトリクスはどうもそういう次元のものではない、というふうに感じています。OPSやFIPと言われても一見なんだかわけがわからないですし、何をどうすればいいのかよくわからないというのが率直なところです。しかし説明を聞いてみればおぼろげながらすごく面白そうなものであることはわかりますし、アメリカのスポーツ記事を見ていてもセイバーメトリクスが登場することが少なくなりません。『マネー・ボール』など、映画にまでなってしまいました。職業柄、どうも無視はできないよなぁと、危機感のようなものを感じているところがあります」


ブロガー・B
「そういう感覚、なんとなくわかります」


野球ライター・A
「わからないなら勉強しろという話ではあるのですが、セイバーメトリクスは大事と言う人もいれば、セイバーメトリクスなどくだらないと批判する人もいます。この状況とどう向き合えばいいのか、難しいところです。そこで、だったら「今の状況、どうなってるんだ? どうすればいいんだ?」ということ自体を企画にしてしまうと思いついたのが今回の座談会なのです。ここでの会話は、編集を加えて記事にさせていただく予定です」


セイバーメトリシャン・C
「形としては、セイバーメトリクスを肯定する人、そうでない人、それぞれの視点から語っていくという……」


野球ライター・A
「そうです。一応私が進行役とさせていただき、基本的にはCさんにセイバーメトリクスについて説明をいただきたいと思っています。Cさんは普段は商社に勤めるいたって普通のサラリーマンである一方、個人でセイバーメトリクスのウェブサイトを運営され、雑誌などに寄稿もしていらっしゃる。その世界では有名な方ですね。ただ、普通に詳しい人がセイバーメトリクスを解説するだけなら、本や記事は色々あります。今回の企画の主眼としましては、そこに私やBさんの、いわば一般的な観点から質問や疑問をリアルタイムにぶつけて化学反応を起こそうというところです。Bさんも野球のブログを運営されています。テレビや球場で観戦した感想を詳細に綴った記事を毎日のように書かれており、その中身が濃いと評判のブロガーさんです。ただし、セイバーメトリクスに関しては度々批判的なことを書いていらっしゃいます」


ブロガー・B
「丁寧なご紹介ありがとうございます。ひとつ先に言っておきたいのですが、正直に言って私はセイバーメトリクスでなんでもかんでも語ろうとする態度には懐疑的です。でも本当に有意義な分析には耳を傾けたいと思っていますし、Cさんのサイトを拝見したこともあり、なるほどなぁと興味深く思った部分もあります」


セイバーメトリシャン・C
「ありがとうございます。私もBさんの評判はもちろん聞いており、度々ブログを拝読しています」


野球ライター・A
「お二人ともありがとうございます。まさしく今回はそのように、お互いを否定しあうディベートのようなものではなく、むしろお互いがうまく理解しあうための建設的な対話が行えたらと思っています。必ずしもお互いがお互いを説得する必要はありませんし、説得される必要もありません。一方で、率直な意見もどんどん出していきましょう! 何か最終的に結論を出すというよりは、対話をするうちに色々なヒントが得られるものと期待しています。ちなみに私自身は、セイバーメトリクスに関してはほどほどに勉強中で、これからの時代にはまぁ欠かせないものなのだろうなと思っています。そういう意味では、肯定と否定を二分するとしたら肯定派に入るかもしれません」


セイバーメトリクスとは何か

野球ライター・A
「さて、本日は自由な語らいを趣旨としておりますので流れに身を任せて展開していこうと思いますが、完全フリーというのもやりづらいかと思い、私の方で簡単にテーマを考えさせていただきました。最初のテーマは「セイバーメトリクスとは何か?」です。これからセイバーメトリクスについて語るわけですが、その基本的な定義の部分ですれ違ってしまうとこの先の会話が全て噛み合わない恐れがあります。なので、一応合意を作っておこうと。無茶ぶりになりますが、Cさん、早速セイバーメトリクスをビシっと定義していただけますでしょうか?(笑)」


セイバーメトリシャン・C
「ビシっと、と言われると緊張しますね(笑)。一般的な言い方をすれば、野球についての客観的・統計的な研究、あるいはそういった分析手法のこと、といった感じでしょうか。たまに勘違いされるのですが、OPSやWHIPといった指標の総称ではありませんし、個人的に強調したいのは、細かい数字を大量に使って複雑な統計処理をすることが主眼ではないということです」


野球ライター・A
「と、いいますと?」


セイバーメトリシャン・C
「数字というよりもロジックの部分で、改めて野球を客観的に見ると色々気付くことがあったりします。セイバーメトリクスの本質はむしろそういった視点を持つことで、数字は言ってしまえばツールというか、その視点を検証し根拠付けるための手段という面があります。もちろん、きちんと数字で根拠付けるところまでやらないと一般的にセイバーメトリクスとは言わないと思うので、セイバーメトリクスを定義するときには「数字」あるいは「統計」も重要だと思いますが」


野球ライター・A
「なるほど、早速ちょっと意外なお話だったかもしれません。セイバーメトリクスというとパソコンの表計算ソフトで大量の数字を計算することというイメージがありました。ただ、ロジックで気付くこと、というのが私にはちょっとピンとこないのですが何か具体例のようなものはありますか?」


セイバーメトリシャン・C
「具体例といいますか、指標はだいたいそういったロジックや問題意識の上に成り立っています。たとえば、レンジファクターという指標があるのですがご存じでしょうか」


ブロガー・B
「あぁ、知っています。一試合あたりの刺殺数と補殺数で守備力を評価するやつですね。本やネットでたまに見ますよ」


セイバーメトリシャン・C
「おっしゃる通りです。あのレンジファクターも、出場してるときに多くアウトを獲得するのが大事だろうというロジックがあります。それまでにあった失策数というのは改めて考えてみれば「通常処理できたはずの打球を処理できなかった、と記録員は判断した」数を表す変な数字だよね、という点にビル・ジェイムズという人が気付きました。それで、もっと客観的で意味のある数字で評価しようじゃないかと生まれたのがレンジファクターです。守備の目的は失策をしないことじゃないですよね。で、最終的には事実に基づいた具体的な数字を算出し客観的に評価をすると」


野球ライター・A
「出ましたね、ビル・ジェイムズ。セイバーメトリクスの文献を読んでいると必ず聞く名前です。今のお話はわかりやすかったです。レンジファクターの計算は特に難しいものではないですが、理にかなった指標を構築したことに意味があるわけですね」


セイバーメトリシャン・C
「はい。別に計算をしたことが偉いわけじゃないですし、ジェイムズは数学的に難しい式を構築したわけでもありません。慣習による思い込みを外した目で野球を見直して、筋道を構築したんです。逆に筋の通った考え方なしに難しい計算をしても意味はありませんよね。その意味で、セイバーメトリクスの本質は数字というよりも客観的な視点とかロジックだと思います」


ブロガー・B
「そのレンジファクターでちょっと思うんですけど、レンジファクターってそのチームの投手陣の奪三振率に影響されますよね? 投手が三振を多くとるなら、守備がうまくてもレンジファクターは低くなります。他にも、外野フライを打たせやすい投手なら外野手の数字が高く出ます。なので数字としてはかなりデタラメだと思うんです。そもそも守備がうまいかどうかなら、球場で試合を見ているとわかります。私は守備はかなり重要視していまして、試合前の練習とか含めて見ていると、あの選手はあの選手よりも守備範囲が身体ひとつ分広いなぁとかはわかります。それを、どうして試合を見ずにいい加減な数字で「この選手の守備は○○点」といったように評価をしようとするのか、それがわからないんです」


野球ライター・A
「ちょっと、かなり切り込んだそもそも論の部分でもあるかもしれないですね! Cさん、今ご指摘があった点について、どうでしょうか?」


セイバーメトリシャン・C
「まず、レンジファクターが守備力を反映する数値として100%信頼がおけるわけではないのはその通りです。ただ、これは広く使われる打率などでも同じことですよね。特定期間の結果として打率が高いほうが必ず打撃技術に長けているわけではないと。でもみんな打率を使います。そのような中で、守備については打撃に比べて数字で確認をする部分が何故か欠落していたという状況だったと思います。球場で打撃を見て、打率を見て、さすがだなぁとか思うのと同じように、守備についてもプレーを見て、レンジファクターも見て、なるほどと楽しむ見方があっていいはずです」


ブロガー・B
「打率も打撃の数字として全てではないというのはその通りですね。それはわかります」


セイバーメトリシャン・C
「試合を見ればいいじゃないかという部分ですが、別にレンジファクターがあるから試合を見てはいけないという決まりは全くないですから、試合も見ればいいと思います。その中で、打撃についてはバッティングフォームがいい、強い打球を打てる、というだけではダメで、実際に多くヒットを打ってはじめて貢献したことになりますよね。繰り返しになりますが、守備でも同じように動きの観察だけでなく、どれだけアウトを取ったかの結果も見ようよと、そういうシンプルな話です。レンジファクターが低い選手について「本当は守備がうまいのにおかしい」と言うのは、打率が低い選手について「技術的には打撃に長けているのに打率が低い。打率という指標はおかしい」と指摘するのと同じことで、いやそれは指標がおかしいという前にそういうケースもあって不思議はないでしょうということです。イチローだって100%ヒットを打つわけではありません」


野球ライター・A
「なるほど。セイバーメトリシャンといいますか、セイバーメトリクスを好きな人は、やはり試合を見るんでしょうか? 『マネー・ボール』だとビリー・ビーンが試合を見ないなんていう描写がありましたが」


セイバーメトリシャン・C
「聞いて回ったわけではないですが、それはもちろん多くの人が見るでしょう。セイバーメトリクスを好きということは普通はそもそも野球が好きでしょうから。誤解されやすい部分かもしれないですが、セイバーメトリクスというときには数字で語るべき部分とそうでない部分のうち数字で語るべき部分の話をしているのであって、それ以外については範囲外だから何も言っていないということです。セイバーメトリクスの話をしているのをただ聞いて「あいつは実際の試合を全く見ず、数字だけで野球を語っている」と思われてしまうのは単純な誤解です。一例に過ぎませんが私自身も、観戦して興奮したり色々思うことはもちろんあります。ただそういうプレーそのものの評論については私なんかより優れた人が星の数ほどいます。それこそBさんのような。なのでわざわざ私がそれをサイトなどで発信しようとは思わないです。その結果を表面的に見れば、私は「野球を見ず数字の話しかしないやつ」に見えるでしょうね」


野球ライター・A
「まぁ、当然といえば当然のことですね。我々はついセイバーメトリクスを研究している人というと部屋にこもりっきりでパソコンにばかり向かっているいわゆる「オタクっぽい」人、というイメージを作りすぎているのかもしれません」


ブロガー・B
「あの、ただ、私なんかから言わせると、もし仮にその人が試合を見ているんだとしても、インターネット上のブログとかで適当な数字を持ってきて「○○は××よりも上」と、いつも観ている人間からすると的外れなような内容を書いている人を見ると、別に実際に試合を見たかどうかは別として「お前は見ていないだろう」ということになるんです」


セイバーメトリシャン・C
「試合をきちんと見ておらず、根拠の薄い数字で適当な内容を断言する人も中にはいるだろうと言われればもちろんそういう人もいるかもしれないです。ただそれはセイバーメトリクスどうこうよりも個人の問題だと思います。別に数字を使う人かどうかに限らず、もっと言えば野球に限らず、よく知りもせず適当なことを言う人はいますよね。政治ですとか、経済ですとか。それによって特定の手法や考え方の価値が決まるものではないと思います」


野球ライター・A
「セイバーメトリクスの使用例のうち悪い例を取り上げて、その例をもってセイバーメトリクス全体を否定するのは違うのではないかということですね」


セイバーメトリシャン・C
「もちろん、セイバーメトリクスを好きな人間は、実際の現場を見ることなしに上っ面の数字で物事を判断してしまう危険がどちらかといえばあるでしょうから、Bさんがそれに対する警句としておっしゃっているという意味はよくわかりますよ」


野球ライター・A
「先ほどBさんから「試合を見ずに数字だけ見るのはいかがなものか」という内容のご指摘があったかと思います。これに対してCさんは「当然試合も見る」と。ただ、これだけだと試合を見ていればまさにそこに野球は展開されているのに、どうして数字を見る必要があるのかという疑問はまだ残るかと思います。Bさん、先ほどのご指摘に関してはそういう理解で大丈夫でしょうか?」


ブロガー・B
「はい。たとえばOPSで誰々がすごい、と言われても、その打者がすごいのは試合を見ていればわかることですし、打率・本塁打・打点から見ても妥当だなというだけで……。正直、意味がないなと思うことは多いです。何か新しい横文字の数字を計算したからといって、それ自体に意味があるわけじゃないですよね。もちろん、何か新しい発見がある場合も、たまにはありますが」


セイバーメトリシャン・C
「これはかなり根本的な部分でして、率直に言えば私などは「試合を見て自分がわかっていると思っているからといって本当にわかっているとは限らない」という考え方をしています。たとえば、たしかにBさんはひいきチームの試合を熱心に観戦されていますが、プロ野球の全ての試合・全てのプレーを丁寧に追うことは物理的に無理ですし、見た試合の全てを正確に覚えているわけではないですよね。特定のプレーが偏って印象に残っているということもあるかもしれません。これは野球を見る熱心さとか知識など個人の能力の問題ではなくて、人間である以上そうだということです。そう思うと、誰がきちんとアウトを取って良い守備をしているかというのは客観的な統計データで確認するほうが適切な部分もあると思うんです」


ブロガー・B
「もちろん、おっしゃっている内容はよくわかりますよ。既に申し上げたように私も数字自体は見ますし。ただ、レンジファクターみたいにあてにならない指標を見てもむしろ害な場合もあるし、試合を見てわかることのほうが遥かに重要だと思います」


セイバーメトリシャン・C
「数字にも、バイアスがかかっている場合はあります。内野手のレンジファクターが高いけれど、それはゴロを打たせやすい投手陣だからだろうとか、アウトをとりやすい球場じゃないかとか。そういうことについては上辺の数字を追っているだけでは気付かなくて観戦していて気付くことも、場合によってはあると思います」


野球ライター・A
「具体的な話でいうと、Cさんは守備の評価にレンジファクターを使うべきだとお考えですか? 今議論されたように、指標に加えて観戦による補完は行うとしても」


セイバーメトリシャン・C
「いえ、レンジファクターは例として出したというだけで、今ですとUZRといったより正確な守備指標が開発されています。メジャーでは当たり前になっているものなんですが、私が選手の守備を評価しろと言われたらまずそれを使います」


野球ライター・A
「UZR、聞いたことあります。映像で打球を確認して、どのゾーンに打球が飛んで、それを誰が処理したかとかを詳細に記録していくやつですね。そうなりますと、UZRを確認して、試合も見て、という形になりますでしょうか?」


セイバーメトリシャン・C
「そうですね。UZRはかなり守備評価の方法としてはかなり合理的に設計されていて、100%主観で「あいつの動きがなめらかだ。一歩目が早いし肩も強い」と判断するよりは公平な評価になると思います。ただ、数字だけというのはやはりどうかと思います。ちなみにUZRの開発者も、守備を評価するには数字だけでなく観察も重要だと言っています」


野球ライター・A
「そう考えてみると、我々セイバーメトリクスなど詳しくない人間でも当然に数字を見るときはあるわけで、一方でセイバーメトリクスを重要視する人も試合を見ると。試合も数字も大事という、ある意味では当たり前の結論で、ある意味当たり前の合意ができそうですね」


セイバーメトリシャン・C
「広くいってしまえば、そうなりますね。経済学のジョークのもじりですが、野球を理解する上で観察が大事か統計が大事かという議論は、紙を切るのがはさみの上の刃か下の刃かという議論なのかもしれません」


ブロガー・B
「ははは(笑)、それは面白いですね。両方の刃を使って紙を切るのがはさみなのだから、片方だけに注目してもはさみの機能を説明できない」


セイバーメトリシャン・C
「まさしくおっしゃる通りです」


新思考派VS旧思考派

野球ライター・A
「オチがつきましたね(笑)。こう見ますと、意外にあっさりとセイバーメトリクスと一般的な視点が合意を形成できてしまったように思います。セイバーメトリクスといわゆる従来の価値観は対立するものとして捉えられることが多いような気がするんですが、よくよく考えれば「どっちも大事」なのはお互いに労せず理解できるのですから、対立する必要がないように思います。となると、そもそも何故対立してしまうというか、少なくともそういうふうに見えるんでしょうか? 建設的な対話のためにも重要かと思いますので、ここで、この場で思いついたテーマ「セイバーメトリクスと従来の価値観の対立」を立てたいと思います」


ブロガー・B
「私としては、先程申し上げたことの繰り返しになってしまうかもしれませんが、ごちゃごちゃと面倒な計算をして指標を並べる必要というのをあまり感じないんです。有効な分析というのもあると思いますが、試合を見ればわかることを数字を並べてどや顔で言われると、何の意味があるのか、と思ってしまいます。ましてや数字がデタラメな内容のものだったりすると、話がぐちゃぐちゃになるだけです」


セイバーメトリシャン・C
「この対立の部分というのは、相当に根深くて難しい問題だと思います。試合を見るのも数字を見るのもどちらも大事だね、と言うのは簡単ですが、それだけでは実は問題は解決しません」


野球ライター・A
「問題、といいますと?」


セイバーメトリシャン・C
「例えば……そうですね、チームの中堅手に一番守備の上手い外野手を起用するために、チームで一番外野守備が上手いのは誰かを考える、というケースがあるとしましょう。プレーを観察している人の意見ではスズキ選手が一番上手いということだけれども、指標で見るとタナカ選手が一番だということになったとします。こうなった場合に、「観察も数字も両方大事」と言っているだけでは、結局どちらが優れているのかはわかりません」


野球ライター・A
「たしかにそうですね」


セイバーメトリシャン・C
「さらに言えば、数字を使わない評論家1はスズキ選手と言っているけれども、評論家2はサトウ選手と言っている、数字で見ると指標1ではタナカ選手が一番だけれども、指標2ではタカハシ選手が一番になる……こんなケースだってないとは言えないというか、むしろ普通にあると思いますし、こういう状況に関して議論をすればお互いに「あいつはわかってない」といったふうに否定をし合う状況になることも容易に想像できます」


ブロガー・B
「あくまで例ですが、わけがわからない状況ですね(笑)。そういった難しい状況において真理を見抜くためにこそ、現場に通う回数と、野球のことをよく理解した上での緻密な観察・考察が大事になります。実際のプレーを見ずにあれこれ議論をしても、それは机上の空論で無駄になる危険が大きいと思います」


野球ライター・A
「Bさんの仰る現場目線の重要性、私はやはり強く共感します。ただ、そこで考えることは思い込みである危険があるし、最終的に何が正しいかはわからない、ということになるのでしょうか。セイバーメトリクスと従来の感覚が共存するというのは、やはり難しいことなのかもしれないですね」


セイバーメトリシャン・C
「ひとつ言えることは「試合も見て、数字も色々見ればいい」という態度は一見バランスがとれているようで耳触りはいいですが、それを言うだけでは実はあまり意味がないということです。話は逸れてしまうかもしれないんですが、セイバーメトリクスに対する反論では「数字が全てではない」「数字は使うものであって数字に使われてはいけない」「完璧な数字はない」といった、その言葉自体は正しいとしても言ったところで何か議論に意味が付加されるわけではない漠然とした一般論が振りかざされることが多いと感じます」


ブロガー・B
「姿勢としては大事だ、という話ですね。野球に真摯に向き合っていない人ほどそういう曖昧な態度に逃げがちな気がします。試合を見る真剣味がないと言ったら偉そうな言い方になってしまいますが、なんとなく見ているだけだから結論が出せないのではないでしょうか。自分の野球経験やプロ野球OBの書籍などから学んだ野球観がベースにあることってかなり大事だと思います。自分なりの野球論ですよ」


野球ライター・A
「Cさんのご指摘は耳が痛い話かもしれません。私は、つい記事でそういう言葉を使いたくなる気持ちはわかるんですよ。セイバーメトリクスの指標を紹介するだけで終わるとただ数字を並べただけみたいになってしまうので最後に「ただし、野球は数字が全てではない。このような新しい視点も持ちながらも、球場で無心に打球の音を楽しむ気持ちも忘れないようにしたいものである」なんて書くとバランスがとれた気になるというか。ただ、その無責任に漠然とした態度が嫌なので今回のような企画を立てました」


セイバーメトリシャン・C
「先程の話に戻るようですが、やはりロジックがないのに「観戦と数字をバランスよく」と言ってもあまり意味がないと思うんです。結局、見方が食い違ったときには、ロジックを突き詰めて、考え抜いて、何が正しいのかを見つけ出していかないとならないわけですよね。例えば、守備の評価なら、守備の目的はこれで、その働きはこういう事象に表れるから、それを反映する統計で評価しよう、ただしこの部分は統計に上手く表れないから、観察で補完する必要があるぞ、とか。きちんと道筋を追わないとどうしようもないです」


野球ライター・A
「一般論としてお聞きしますが、そうやって道筋を追っていけば、答えというか結論が出るものとお考えでしょうか。例えば今のお話にあった、誰が一番守備が上手いのか、などについて」


セイバーメトリシャン・C
「どうでしょう。なかなか難しいと思います。特に数字と観察をいかに融合するかという部分ですね。数字の中だけの話をするなら、指標ごとに違う結果を出すという場合はあるものの、突き詰めていけばだいたい同じような結果になります。また、それぞれに客観的なエビデンスがあるので、議論もしやすいです。ただ、エビデンスそのものを無視されてしまって「あの選手のほうが上手いのは明らか。動きを見ればわかるだろ」という議論になってしまうと、なかなか噛み合いません。ビル・ジェイムズも、論争はエビデンスについての論争ではなく、エビデンスを見る人々とそうでない人々の間にある、というようなことを言っていたと思います」


野球ライター・A
「まぁ、「本当のことを言えば動きはあの選手が一番良いんだ。数字には表れないしお前にはわからないかもしれないが、俺にはわかる」とか言われてしまえば、それはもう検証できないというところもありますね。例えばですが、観察と数字それぞれで選手にポイントをつけていって、それを合計するみたいな方法なら比較的バランスのとれた評価ができるのではないでしょうか? MVPなどの投票のように」


セイバーメトリシャン・C
「バランスをとるひとつの方法ではあると思いますが、やはりセイバーメトリクスの観点からすれば論理的ではないと思います。というのも、どのような要素を取り上げるか、それにどう重みを与えるかが恣意的になりますから。数字だけに限って考えても、例えば二人の投手をFIP、WHIP、QSの3項目で評価することを考えて、FIPは勝っているけどWHIP、QSで負けているから1勝2敗で総合的には劣っているな、などと考えるのは指標の間の関係や重要性を考慮していないかなり強引な方法で、色々な指標を見ているからバランスがとれているなどとは言い難いものです」


ブロガー・B
「そうやって、数字が大事だと言って使おうとするけれどもどうしたらいいかわからずめちゃくちゃなことをやってしまうのが、いわゆる「数字に使われている」状態なのではないでしょうか。結果として評価ができないというのでは、本末転倒ですよね。きちんと野球全体を見て選手を知っていれば、そもそもそんなことに惑わされないですよ。投球内容を見ていれば誰が良い投手か、大抵はわかりますし合意もできますよ。実際そうやってこれまで何十年も、スカウトや指導者の指導を含め野球界が成り立ってきているわけです」


セイバーメトリシャン・C
「たしかに、数字を使おうとすることでかえって議論を複雑にしてしまうというケースはあるかもしれません。ただしあくまでも客観的に評価をすることを重視するということですし、数字の使い方に関して言えば、かなりの程度ロジックによってその筋道を突き詰めることはできると思います。言い換えれば、そのロジックを研究する活動がセイバーメトリクスということになります」


野球ライター・A
「ちょっと整理させて下さい。数字も、試合も、どちらも大事。これを言うだけなら特に対立は起きないということでした。しかし、これだけでは、複数の見方で意見が食い違った場合に結局結論は出ません。Cさんによれば、そこで大事なのはロジックというお話でした。そうすれば数字ではある程度固まった結論が出ると。ただし、数字を無視する人とは結局話が通じない、と。これに対してBさんからは、数字を使うことでかえって議論を複雑にしているだけではというご指摘をいただきました。数字を使うそもそもの意味を問わずに安易に数字を使うことは危険なのかもしれません」


ブロガー・B
「それこそ根拠がない、と言えば言い過ぎなのかもしれないですが、プレーを見てわかることについてとにかく数字で証明できないとダメという考えで数字を見ないと気が済まないというのは何故なのだろうと思います。それで使う数字は、往々にして選手の能力と関係がない要素の影響が大きい数字だったりしますし。数字は大事ですが、数字はそれ以上でもそれ以下でもないです」


セイバーメトリシャン・C
「意味もなくとりあえず数字を使おうとするのは好ましくないという点には、同意です。もちろんセイバーメトリクス好きの人間は根拠があって数字を使っているつもりですが。これに関しては数字に関してきちっと考えてみてはじめて、数字をどう使ってはいけないか、どこまでのことが数字で言えてどこからは数字で言えないかということがわかる面もあると思います。それを考えずに数字を否定してしまうのはもったいないかなと。実際セイバーメトリクスは数々の有益な指標を生み出していますが、これらは最初から数字を否定してしまっていたとしたら生まれていなかったものです。また、観察と数字、試合と数字という対比は便宜的なもので、数字が現実から離れたもののように考えるのは本来はおかしいと思います。現実の試合に何が起きたかを包括的に整理したものが統計ですから、統計を見るということは現実に何が起きたかを見るということなはずです」


野球ライター・A
「数字はきちんと意味を踏まえて使わなければ危険、他方で数字の意味を考えず頭から数字を否定してしまうのは違う、そういうことですね。色々と興味深いお話が聞けました。はじめにアナウンスした通り、今回の目的は特定の議論に結論を出すことではありませんので、このテーマはこのあたりにしておきましょう。ここまででもかなり濃い内容が議論でき、読者のみなさんに刺激を与えられるのではないかと思います。この濃い内容をうまく記事にまとめられるか、今から自信ありません(笑)」


ブロガー・B
「まだまだ色々話し足りないですね」


野球ライター・A
「ここで一旦休憩としようと思いますが、せっかくお集まりいただいた機会ですので、まだまだテーマを用意しております。テーブルの上のお菓子でも召し上がりながら、しばらくお休みください」



 後編はこちら



 本稿は高橋昌一郎氏の一連の著作、『理性の限界』・『知性の限界』・『感性の限界』に影響を受けて作成したお遊びのものであり、全くのフィクションです。実際の人物や団体とは一切関係ありません。




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