セイバーメトリクス大討論会その2(架空)
2015.9.23 by Baseball Concrete
前編から少しの休憩を経て―

野球ライター・A
「……さて、しばらく休憩を挟みましたが、そろそろ後半に入りましょう」


ブロガー・B
「机の上に置いてあった最中いただきました。おいしかったです」


野球ライター・A
「それはよかったです(笑)。そんな感じで、リラックスしてまいりましょう。ここからは具体的な話として、どんな数字に注目すべきかを考えていきたいと思います。セイバーメトリクスには本当にたくさん指標があって、眩暈(めまい)がしてくるのですが、Cさん、オススメの指標をいくつか教えて下さい」


WARの直観的イメージ

セイバーメトリシャン・C
「近年、WAR(Wins Above Replacement)という総合評価指標が算出されるようになってきました。これで端的に選手の貢献度がわかるので、セイバーメトリクスのひとつの到達点といいますか、ひとつの基準としてオススメできる指標ですね」


野球ライター・A
「WAR、簡単にご説明いただけますか?」


セイバーメトリシャン・C
「ある選手が一年間出場したとします。そこでその選手の貢献度はいくらなのかと考えるときに、仮にその選手が怪我で出られなくなっていたとするとどうなっていたかを考えます。普通に考えれば代わりに控えの選手を出して、チームの年間の勝利数はおそらく減ることになりますね。打撃・走塁・守備・投球全てを考慮してこの減る分の勝利数を測ったのがWARです。細かい計算は複雑ですが考え方はこれで大丈夫です」


野球ライター・A
「そうか、選手の価値を考えるときに、その選手がいる場合といない場合の差を考えるわけですね」


ブロガー・B
「私、腕時計が好きなんですが、このお気に入りの腕時計の価値は何かといったら、それを失ったときの心の痛み。そう考えるのと一緒でしょうか。飛躍しすぎですかね」


セイバーメトリシャン・C
「いえ、うまい喩えだと思います。代わりに適当な安い時計をつけても時間を見る役割は果たせますが、テンションは下がりますよね」


野球ライター・A
「そう言われるとイメージはわかりやすい気がしますが、具体的な計算で考えると、正直なところWARはなんだかもうぐちゃぐちゃしているというのが素人の印象なんですよね。これは仕方がないのでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「現実に存在する統計を理論の目的に合わせるために細かく調整をしますので、残念ですがやむを得ないと思います。逆に言えば、現実の統計というのはそのまま選手の評価に使うにはそれだけ多くのノイズを含んでいるということです。なお、もっと具体的なレベルで見たい場合、WARを構成しているwOBAFIP・UZRの3つを見るといいと思います。それぞれ打撃・投球・守備に対応する指標です。これらを過去の貢献度という意味で合理的に統合しようと思うと必然的にWARになるという感じです」


野球ライター・A
「wOBA・FIP・UZRですね。3つ覚えるだけなら、読者の方も嫌気がささないと思います」


数字を使わないほうがセイバーメトリック?

野球ライター・A
「では、Bさんはいかがでしょう? 普段どんな数字に注目されていますか?」


ブロガー・B
「数字は色々見ていますね。自分でスコアをつけて集計していますから、特にひいきのチームの数字には強いつもりですよ。投手と打者の対戦成績なんか観戦するときには特に重要ですし、単に『得点圏打率』というのではなくて、例えば負けているときの満塁でどのくらい打っているかとか、凡退は凡退でも走者を進めたかどうかとか、集計すると選手の貢献がきめ細やかに見えてきます」


野球ライター・A
「ご自分でそこまで集計されているのですか! テレビの中継でもよく条件ごとのデータが出てきますが、それをご自身で追っているのですね」


ブロガー・B
「打率が3割って言ったって、その日の相手投手をすごく苦手にしているかもしれないし、右投手左投手で成績は全く変わるのが普通ですからね。そうして傾向を見ていると『あぁ、この打者はやっぱり右投手の投げるチェンジアップに弱いという欠点があるんだな』といったことがわかってきます」


野球ライター・A
「本当にきめが細かいですね」


ブロガー・B
「セイバーメトリクス好きの人はちょっとデータが悪いと選手を使えないと批判しますが、実は故障を抱えていたり新たなフォームを模索しているなど事情があったりもするもので、そういう場合は過去のデータが悪くても一気に活躍する場合があり、そういったことは実際に見ているからこそわかることですね。最終的なデータだけ見ても、そのデータが何を表しているかはわからないこともあるので要注意です」


野球ライター・A
「なるほど。ざっくりとデータを見るだけでは見えてこない部分、ですね。Bさんのデータの見方について、セイバーメトリクス重視のCさんはどう思われますか?」


セイバーメトリシャン・C
「野球の見方・数字の楽しみ方は自由ですからそれ自体に良いも悪いもないというのは前提ですが、率直に言いますと、分析という意味では、危険な感じがする部分もあります」


野球ライター・A
「それはどういった意味で?」


セイバーメトリシャン・C
「端的に言えば、ミクロな部分に注目されすぎているかな、というところです。特定の打者と投手の対戦成績というのは、年間ではせいぜい数十打席ですよね。それで打率が.250か.290かを見ても、打者がその投手に本当に強いのかどうかはわかりません。実力が高い打者でも、シーズンの中から数十打席を適当に取り上げれば、打率が低い場合もあります。少ない打席数に注目するということは、そういう偶然の傾向に注目してしまう危険が高まるということです。『きめ細かく見る』という名目でデータを細かく分割すればするほどサンプルサイズは小さくなり、その危険が高まります」


野球ライター・A
「なるほど、それは、統計学的な観点なのでしょうね。一部から全体を推測する、というような。この場合は特定の打者と投手が何億回か対戦したらどうなるかの傾向を数十打席から推測するという感じでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「私の実感としては、一般的な野球ファンはこの『少数のサンプルには偶然的な変動がついてまわる』という事実、あるいは程度をあまりにも過小評価しています。数十打席の結果なんて無視するぐらいでちょうどいいと思います。数字を扱うというのはそういった点で注意が必要で、少ないサンプルとかバイアスとか、そういう原因で数字が思っている分析にそぐわない場合があります。セイバーメトリクスというと細かい数字をたくさん出してなんでもかんでも数字で説明しようとするというイメージがあるかもしれませんが、どの数字が何に使えるかをきちんと峻別する思考こそがセイバーメトリクスの基本であり、その意味では、適切に『数字を使わない』ことができる人のことをセイバーメトリシャンと呼んでもいいかと思います」


野球ライター・A
「はあー。そう言われるとなんだか面白いですね。セイバーメトリシャンというのは物凄く数字を使う人のことだと思っていましたが、使わない見極めをきちんとできることがむしろ重要なのですね。あと、お話を聞いていて思ったことですが、少数のサンプルであってもその結果が重く受け止められるのは、野球と数字の親和性が非常に高くて数字がよく使われることの副作用なのかもしれません。首位打者を決めるときに、打率にどれだけ誤差があるかなんて考えません。むしろ、一厘の差で決まる首位打者のレースにいかに打者の力量の差を見出していくか、それっぽい説明をつけるか。過去の野球の論評ってそんな感じですよね」


セイバーメトリシャン・C
「もちろんタイトルの争いなどで、決まった期間の中で起きた結果を表彰する、それを楽しむということ自体は一向に構いません。ただ単純に、分析としてみたときに、過去に打率が高かった打者の能力が必ず優れているのかというのはまた別の話だということです」


ブロガー・B
「私は難しい統計学のことはわかりません。しかし、分けると誤差が大きくなるということは事実でも、物事を分けて考えることの意味が否定されるわけではないでしょう。シーズンの打率がすごく高くても、左のサイドハンドに物凄く弱いのであれば、その打者を左のサイドハンドピッチャーにぶつけることは間違っています。分けて考えてはいけないというのであればこのことに気付けません」


セイバーメトリシャン・C
「それはその通りだろうと思います。じゃあ、小さいサンプルの数字はどういうふうに扱ったらいいか、どの程度の誤差が見込まれるか。そういうことを考えていくのもセイバーメトリクスの研究のひとつですね」


ブロガー・B
「こう言うと非科学的と言われてしまうのかもしれませんが、打者のフォームの特徴や得意な球種・コースなどから、わかる場合も多いですよ。で、何か気付いたときにその仮説を確かめるために数字を見てみるんです。数字は補助というか、ひとつの観点ですね。そういった観察と数字を何度も行ったり来たりする試行錯誤を通じて真理に近づくことに意味があるのであって、統計的な誤差がどうというのは何か本来の目的から外れているのかなという気もします。シチュエーションごとの得手不得手というのは事実として存在しますし、誤差が嫌だからと全部の数字をまとめて見ていたら、そのことがわかりません。細かな結果の中身をいかに分析するかが大事なのであって、数字の差をなんでもかんでも『統計的な誤差だ』と言っていたら何の説明にもならないですし」


野球ライター・A
「難しいところですね。私たちが細かいデータに注目するときには何らかの意味のある仮説や観察があるのであって、それをいかにデータから裏付けていくかということだろうと思います。そのときに、Cさんからのご指摘としては、データには誤差があるということを私たちは忘れがちであると。試合の細かい部分に宿る真理を見出していくことと、誤差を含む少数のデータに惑わされないこと、その狭間でいつでも揺れ動いていないといけないのかもしれないですね。お二人が注目されているデータとその注意点など、これまでとは違う感触で理解できたような気がします。ありがとうございます」


過去と未来

野球ライター・A
「ちょっと、個人的な疑問をCさんにぶつける形になるのですが、よろしいでしょうか。先般、Cさんのウェブサイトで成績予測というものを知りました。それ自体、難しくてよくわからない部分はあるものの興味深かったのですが、むしろ『あれ、今までは成績予測はしていなかったのか』という気持ちになったんです。なんといいますか『打率が低くてもOPSが高い打者は実は実力がある打者だ』とかそんなふうに思っていたんですね。例えば、OPSの高い打者を集めて打線を組めば多く得点が取れるだろうと。でも、今のデータの話も関係しそうですが、過去にOPSが高かったからといって将来も高い保証はないですよね。それを『実力がある』と言っていいのかなと疑問に思ったんです。打者の実力を見極めることと成績予測はどう違うのでしょうか?」


セイバーメトリシャン・C
「これは、『実力』といった何を意味するのか曖昧な言葉で語ることが混乱をもたらしていると思います。『打率が低くてもOPSが高い打者は実は実力がある』とかって言うときに何を意味しているのかと言えば、OPSのほうが打率よりもチームの得点との関連が強い指標だから、打率の低さで一見使えない打者に見えても実はチームに貢献している、というほどの意味ですよね。そして、まさしくご指摘されている通り、ではOPSの高さというのは過去から将来に渡って一貫しているものなのかというのは、また別の議論です」


野球ライター・A
「うーん、すみません、どうもクリアに見えてこないんですよね。例えば、OPSが高いことをもって『実力がある』と言うのは不適切なのでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「不適切といいますか、私からすれば意味が曖昧なので、その方なりの表現のひとつと受け取るしかないという感じです。とにかく過去に起きた事実として、打者が何本ヒットを打ったとか、いくつ四球を選んだとか、何回アウトになったとかの記録がありますよね。その『過去の成績(出来事)の評価の仕方』として、打率よりもOPSのほうがチームの勝利との関連が強いということです。チームの勝利に貢献する度合を打者の力と表現するなら『OPSで見れば力のある打者だ』という言い方にもなると思います。ただ、とりあえず過去に起きたことすなわち過去の成績と、一貫して高い結果を出す力という意味での打者の『能力』とは分けて考えるといいと思います」


ブロガー・B
「ここまでの話でも出ていることですが、実力のない打者でも4打数4安打をするということはありますし、逆に実力のある打者でも4打数で無安打なことはありますよね。それぞれ4-4と4-0は『過去に起きたこと』としては事実であり記録であって、それを評価するのは構わないけれども、実力はまた別。そんなイメージでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「そうです。『過去の成績』と『これからの成績』は別のものでありひとまず分けて考えたほうが混乱がないと思います。それで、打率かOPSかというのは、過去の成績は過去の成績として、それをどう評価するかという問題です」


野球ライター・A
「あぁ、なるほど、わかってきました。時制でくっきり分けるイメージですね。過去の成績と将来の成績は別。しかしそうすると、どうして成績予測というものができるのでしょうか?」


セイバーメトリシャン・C
「過去の成績と将来の成績は、別のものだけれども、関連性があるということです。過去にOPSが高かった打者は将来もOPSが高い可能性が高い。どの程度そういう傾向があるのかというのは、統計を使えば具体的に把握できます。漠然と過去と将来を結び付けて考えるのではなくて、過去は過去だけれども、過去の事実を元に将来を推測することができる。その推論のステップをちゃんと作りましょうというのが成績予測です」


野球ライター・A
「そうか、『マネー・ボール』に書いてありましたが、投手で言ったら奪三振率は一貫しているけど被安打の多さはランダム、みたいな理論があるわけですもんね。そういうのを踏まえて、過去の成績がこうなら未来はこうなるだろう、という予測が立てられると。漠然と『セイバーメトリクスで真の実力が測れる』みたいに表現して終わってしまうと何のことを言っているのかわかりにくいですが、ひとつひとつポイントをおさえて見ていくと、あっそういうことを議論しているのかとわかってきますね」


ブロガー・B
「成績予測、拝見したことありますが、正直違和感がありまくる数字です……。明らかに実力のある選手がすごく平凡な数字になっていたりとか。なんか機械的というか、こちらの感覚に全然合わない変な感じがあるんですよね」


セイバーメトリシャン・C
「まぁ、アメリカなんかでは整然としたデータベースがあって、それをプログラムに入れてパソコンを走らせれば数字が出て来る、文字通り機械的な感じですね」


ブロガー・B
「例えばですけど、選手がフォームを改造したらどうなるのでしょうか? オフに手術をしたとか、そういうのって成績予測に反映されるのですか?」


セイバーメトリシャン・C
「いえ、大概の成績予測は単純に過去の試合の成績だけを見て数字を出すので、そういう過去の成績に出ていない定性的な情報は反映されていません」


ブロガー・B
「それで未来の予測を謳うのも、ちょっと変な感じがしますね。選手は毎年のようにフォームを改善するよう努めているわけですし、投手が球種をひとつ覚えるだけでもガラっと変わりますから」


セイバーメトリシャン・C
「統計は過去に起きたことしか表していないので、そこに変化が加わると未来がどうなるかを考えるツールとしては弱くなってしまいますね。成績予測については、そうは言っても歴史的なデータを分析していくと同じ選手ならある程度同じような成績を出すという傾向はあるので実際成績予測というものがある程度使えてしまうという事実はあるのですが。現在の位置から過去の情報を整理して未来を予測する、ということについて言えば定量的な分析とスカウティング(定性的な情報)がもっと手を取り合う余地があるし、そうするべきだと感じます」


野球ライター・A
「本企画で重視している、主観と統計のシナジーの部分ですね。セイバーメトリクスを研究している方から『統計分析にはこういう限界がある』ということを率直に言ってもらえると、なんとなく安心するところがあります」


DIPSとは何なのか?

野球ライター・A
「過去の成績と実力という話に関連してくると思いますしどうしても議題に上げたいのが、DIPSなんです。奪三振・与四球・被本塁打に関しては投手の成績として一貫性があるけれども、被打率(厳密に言えばBABIP)は年によって大きくブレる。だから『打たせて取る能力』など存在しないのだという理論ですね。これは『マネー・ボール』で読んで衝撃的でした。いまだに、どうも納得できません」


セイバーメトリシャン・C
「本音を言うと、セイバーメトリシャンにとってもよくわからない部分はあります」


野球ライター・A
「そんな! まず確認しておきたいのですが、BABIPが安定しないというのは、いまだに覆されていない定説なのでしょうか? 日本においてもそのような傾向なのでしょうか?」


セイバーメトリシャン・C
「基本的にはそうですね。よくある手法として投手ごとに『ある年のBABIPと次の年のBABIPの相関を測る』という分析があります。もし仮に投手ごとにヒットが打たれにくいとか打たれやすいという実力差があるなら、ある年にBABIPが低い投手は翌年も低い傾向があるはずだし、逆もまた然りです。しかし実際にデータをとってみると、そういう傾向はほとんど全く見られません。ということは、そういう実力差はないだろうと推論できます」


ブロガー・B
「私もいまだにDIPSとかBABIPはわかりません。本塁打以外のヒットが少なくて防御率が良くても、それは運だと言われてしまうんですよね。例えば、セカンドの真正面にボテボテのゴロが飛んだとしますね。これがアウトになるのも『運』ということになるんですか? 違和感ありありですが」


セイバーメトリシャン・C
「それは表現として不自然ですし、DIPSの理論を考えるときにはそう捉える必要はないと思います。BABIPが不安定というときに考えるのは、どちらかというとそういった処理しやすい打球を思い通りに打たせる能力があるかということですね。二塁正面のボテボテのゴロがアウトになること自体は必然ですが、じゃあ常に狙って二塁正面にボテボテのゴロを打たせることができるかというと、それはできないということがデータから見て明らかなわけです」


ブロガー・B
「そうか、それができる投手がいるなら、その投手はずっとBABIPを.100とかでキープできることになりますね。でもそう考えるとBABIPに一貫性はないという統計と矛盾しますから、やはりそんな投手はいないと」


セイバーメトリシャン・C
「その通りです。ただ、例えば『フライボールピッチャー』と『グラウンドボールピッチャー』という分類があって、打たせる打球の中でフライが多い投手とか、ゴロが多い投手という傾向はけっこうはっきり分かれます。つまり、ある年にフライを打たれることが多かった投手は、翌年もやはりそうなのです。でも、肝心のその打球がヒットになりやすいかどうかについては、一貫性はありません」


野球ライター・A
「えーと、ちょっと待ってください。ということは、投手が打球の内容に全然影響できないわけではないんですね。投手の特性によってフライが多かったりゴロが多くなったりするわけですから」


セイバーメトリシャン・C
「そうです。でも、凡打ばかり打たせることはできません。『それは何故なのか』と聞かれると『事実そうなっているから』としか答えようがないところがあります。ただ言えるのは、投手が打たせて取ろうとしても相手の打者も持てる限りの力でヒットを打とうとするのであって、その紙一重のせめぎ合いの中で、結果は決まってきます。投手の狙いでそう簡単にアウトになりやすい打球ばかり打たせることができないのは、当たり前と言えば当たり前ですよね」


野球ライター・A
「そのせめぎ合いの、紙一重の部分を、運と呼んでいるということなのでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「そういう言い方が適切かもしれません。ほんの一瞬の判断のブレとか、そこに至るまでのその日の体調や天候、精神状態とか、さまざまな要因が複雑に作用して誰にとっても予測不能な影響が入ってくることを、便宜的に運と呼んでいるといいますか」


ブロガー・B
「勝負というのは、何が作用してどう決まるか、予測できないものですからね」


セイバーメトリシャン・C
「奪三振・与四球・被本塁打に関しては、実力差で決まる部分が大きいけれども、BABIPは、実力差でどうこうというよりも偶然的な要素が支配する割合が大きいということです。これは理論的にどうしてかというよりも、経験的にそうだからという説明になります」


野球ライター・A
「すっきりしないような気もしますが……。あくまでデータという経験的な事実を大切にする、これもセイバーメトリクスなのかもしれません。確認しておきたいのですが、いま議論したように、DIPSは偶然的な要素を排除して投手の実力部分をあぶり出し、その結果として予測を可能にするものだと理解しています。これは正しいでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「先程の成績予測の話と同じなのですが、奪三振・与四球・被本塁打はあくまでも過去の成績に過ぎません。それに能力が反映されている度合が比較的大きい、というだけです。ですからそれら3つの項目から疑似防御率を算出する指標であるFIPは、打率やOPSと同じように過去の成績を評価するものです。守備の成績のうち、投手の責任に係る部分だけを抜き出して評価した指標だというだけであって、それ自体が抽象的に能力を表すとか、予測値を出しているとかいうものではありません」


野球ライター・A
「あ、それもさっきの話と同じ考え方なんですね。OPSだったら、二塁打を打ったら、それが結果的な事実としてポイントを与えられる。それは過去の結果に過ぎないけれども、その選手の能力とも関係がある。FIPでは投手は本塁打を打たれたらマイナスポイントが与えられますが、これも同じこと。被安打を打たれてもマイナス査定にならないのは、それが投手の責任とは言い切れないからですね」


セイバーメトリシャン・C
「そうですね。貢献度の計算の範囲を、責任が及ぶ部分に限定しているというだけです。結果的なパフォーマンスに重みを与えて評価しているという意味ではOPSと同じです。そして、奪三振・与四球・被本塁打は投手ごとに一貫性があるため、それがいわばたまたま、未来予測にも有効だということです。四球・本塁打・三振はセイバーメトリクスの世界では『3つの本当の結果(three true outcomes)』と言われていて、選手の能力を強く反映して年が変わっても上下しにくいものとして有名です。もちろん、いま『たまたま』と言いましたが、数字から分析の対象にしている個人以外の要素が関与してくる部分(いわばノイズ、投手の成績でいえばBABIP)を取り除けば選手個人の力が浮かび上がるので、結果の数字が選手の能力の評価に近付くのは必然ではあります」


野球ライター・A
「うーん、なるほど。ハっとさせられたところも多くはりますが、やはりDIPSは難しいです。Bさんいかがですか」


ブロガー・B
「わかったような、わからないような感じです。なんとも言えないのでCさんのご説明を黙って聞いていました(笑)。『被安打は運』と言われてしまうと観戦者の実感としては全く納得できないですが、紙一重のせめぎ合い要素が複雑に絡み合って予測できない、と言われるとそういうこともあるのかなと思います。でも、それを言い出したら三振だって本塁打だって紙一重のせめぎ合いですよね」


セイバーメトリシャン・C
「そのあたりは結局、繰り返しになりますが経験的にBABIPは実力差がつきにくい、野球における被安打とはそういうものなのだろう、と解釈するしかないですね。そもそも最終的にアウトを奪うのは野手なのでそのことも尊重して、各自の過去のパフォーマンスを評価する上ではボール・イン・プレーの部分は野手の責任として処理し、それ以外は投手の責任として処理する。それがDIPSです。変なことを言うようですけど、2番打者がヒットを打ったとき、それは1番打者のOPSに加算されないですよね。これはあまりにも当たり前のことです。DIPSが投手と守備の数字を分けるというのは実はそのような意味であって、『真の能力』などというものではなく結果は結果なのだけれども、その結果を責任があるところに振り分けようということなんです。そうやって数字をふるいにかけてみたら奪三振・与四球・被本塁打が投手の責任だったという感じですね。さらにそう推論する根拠としては、投手はBABIPをコントロールしていないという統計的な事実があるわけです」


野球ライター・A
「予測の話と絡めて言えば、一試合で16個の三振を取った投手は、毎試合それだけの三振が取れるという意味で16三振の『能力』を持つ投手とは限らないですよね。でも、その実績を誰の責任のものとして評価するかといえば、奪三振に野手は関与していないから投手の責任になりますね。そんなイメージでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「そうやって責任をきちんと割り振っていけば、ノイズに影響されずに選手個人の働きを評価することができるので結果的に『能力』にも近づいてくるという感じです」


最後は「程度の問題」

野球ライター・A
「重要論点について議論ができたところで、紙面の都合上、そろそろこの座談会を締めないといけない時間になってしまいました。何か最後に言っておきたいこと、今日の感想など、ありますでしょうか。Bさんお願いします」


ブロガー・B
「はい。ついついCさんには色々と突っかかってしまいましたが、今回でわりかしセイバーメトリクスのイメージが変わりましたね。もっと細かい計算の話を色々されるのかなと思っていたのですが、数字よりもロジックであり視点の切り替えだとか、数字を使わないほどセイバーだとか、あれそうなのか、という感じがしました。そういうふうに理解すると指標も納得できる部分がありますね。ただ、そうは言ってもセイバーメトリクスの具体的な指標には曖昧な部分、脇が甘い部分がまだまだあると感じました。漠然としたことしか言えていないという感じもしますしね。セイバーメトリクスの意義も尊重しますが、現場目線からセイバーメトリクスのおかしい部分を突き崩していきたいと思いました」


野球ライター・A
「ありがとうございます。意外に計算の話じゃなかった、というのは私も同感です。それではCさんいかがでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「今日の議論全てに関わることですが、セイバーメトリクスの理解においては『程度』を大切にすることが重要というのを言い残しておきたいと思います。これが当たり前のようでなかなか理解されないところです。たとえば、たしかにRCで得点のすべてが説明できるわけではありません。しかし9割は説明できます。BABIPが全て運で決まるわけではありませんが、運の割合が非常に大きいです。これらは『程度の問題』です。これに対して、法則を述べると例外を指摘して『だから必ずしもそうはいかない』『こんな例外もあるから数字が全てではない』と言いたがる人がいます。例外があるのはたしかでも、それはあくまで例外です。例外を指摘したからと言って法則が覆るわけではありません。少数の例外を指摘すれば法則を無視していいかのような態度は、建設的でないと思います。考え方として、統計学でいう決定係数のように、数字で物事が『どのくらい』説明できるかの視点を持つことが重要ではないでしょうか」


野球ライター・A
「程度の問題、ですか。安易に極論に走らずにきちんと分析の中身を見て、分析でどの程度のことが言えるのか、どの程度のことは言えないのか。それをおさえるのが重要ということでしょうか」


セイバーメトリシャン・C
「そうですね。米国の著名なセイバーメトリシャンであるTangotigerの言葉を引用しておきたいと思います」


Tangotiger:人は人間という生き物であって、考え得るすべての変数は、何らかの程度で、影響がある。答えはイエスかノーかではあり得ず、常に効果が「どの程度か」、また、より影響を受ける特定の選手や集団がいるのかどうかだ。そしてまさに、その探究こそが私の仕事なのである。(People are human, and that means that every variable you introduce has some effect, to one degree or other. The answer is never yes/no, but always "to what degree" is the effect, and if there's a certain player or groups of players more affected or not. And that's really what my job is all about. --"Q&A: New Cubs 'saberist' Tom Tango"

野球ライター・A
「ありがとうございます。今日は随分多くの気付きが得られました。必ずしも明確な答えに到達できたわけではありませんが、最終的な答えはむしろ各自の価値観や解釈にゆだねられていると言うこともできるのかもしれません。機械的に統計の勉強をするのではなく新しい刺激を得るという意味では、Bさん・Cさんお二方のおかげで企画は成功したのではないかと思っております。チャンスがあれば、是非また今回のような企画を行いたいと思います。誠にありがとうございました」


―完―



 本稿の内容はフィクションです。実際の人物や団体とは一切関係ありません。




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