書評:THE BOOK


 
1.正統派な分析
 TOM M. TANGO、MITCHEL G. LICHTMAN、ANDREW E. DOLPHINの三人のセイバーメトリシャンが野球における戦略や伝統的な言説についてデータを用いた定量的な分析をし結論を与えている書籍。英語で書かれています。
 まず感想から言うと非常に良質な一冊。その内容はある意味本当に正しい「セイバーメトリクス」であるという感じがします。まずはどんなテーマを扱っているのかを紹介しましょう。わかりやすくするためオリジナルの見出しには沿わずちょっと勝手な訳です。ご了承を。
 非常に野球についてよく議論されるもの、重要であるものばかりを取り上げています。なおかつ論じる際も問題を都合の良い細かい問題に絞ったりはせず、かなり真っ向勝負。
 文章の造りとしても対象のテーマから注意深く本質となる問題部分を抜き出し検証できる形で問題提起、それに対し豊富で詳細なデータを用いた考察をプロセスを示しながら与え、最後に議論をまとめながら具体的な結論を出す。そういう論文的な形式が比較的はっきりしているので誤魔化しがなく明確な内容となっています。
 また、検証の方法・使用する尺度についての説明や注意、サンプル数に対する指標の標準偏差など統計学的な側面についてきちんと説明を行っていて、その点での誠実さにもなかなか信頼がおけます。かといってその説明がメインになってしまうわけではなく必要最小限になっており、使われている指標もテーマの検証に必要なものだけ。
 セイバーメトリクスとは何かを説明すること自体が目的になっていたりするわけではなく、様々な指標やデータをただ示すことが目的でもなく、指標はあくまでツールであり目的は野球を検証することだという方針がはっきり出ていますしその目的はかなり高い水準で達せられているように感じられます。


 
2.広く深い検証
 問題提起とその結論という書き方が比較的明確だと前述しましたが、だからといって無味乾燥に特定の答えを導き出しているわけではなく、テーマから派生する範囲に関して「こういう条件ならどうだ、こういう場合についてはどうだ」と色々と検証の目を向けているので読み応えがあります。
 中でもやはり言及したくなってしまうのは、クラッチ、勝負強さについての章。THE BOOKでは各打者の打席を「クラッチシチュエーション(重要局面)」と「ノンクラッチシチュエーション(平常局面)」に分けてそれぞれ打撃成績を算出し、両者の差をとるという手法を採用しています。
 クラッチシチュエーションの定義が「終盤で接戦」であることに今ひとつ納得がいかないということはさておくとして、そういう計算をすると差がある打者がいたりするのは確かなんです。しかし、以前よりセイバーメトリクスが勝負強さなどの存在に懐疑的であるように、例えばある打者が将来「クラッチ」な働きをするかどうかを予測することなどは極めて難しいとTHE BOOKも結論付けています。

 あるいはその他終盤でなくても点差状況別に打撃に違いがあるかなどいくつかのシチュエーショナルバッティングの検証を行っていますが、結局のところ強打者はいつも強打者であり、打てない打者はいつも打てないというある意味盛り上がらない結果に終わっているようです。しかしまたある意味では、とても素直でありわかりすいです。チームの戦略という見方をすれば特定の場面がなんだろうがそこでよく打つのは普段からよく打つやつだと考えるしかないということになります。
 チームからすれば誰が相対的にクラッチであるかではなく誰が好機によく打ってくれるかが戦いの中で重要なわけで、クラッチで多少能力の変動があるとしてもそもそも持つ得点創出能力の序列を覆すほどでなければ関係ないということです。あくまで例え話ですが、読売の小笠原道大が重要局面でも平常局面でも打撃成績に変化なし、同チームの木村拓也は重要局面で長打率20ポイントアップという研究結果がもしあったとしても、結局重要局面でより良い打撃をすると見なせるのは小笠原道大になる、という具合で。
 ただしフィジカル的な事情が明らかに伴う場合打撃成績への影響はなかなかはっきり表れることが確認されています。例えば走者が一塁に出れば守備の隊形が変わり投手がワインドアップからセットポジションになることにより打者が有利になるといったこと。

 その他どの章も読み応えがあるのですが、意外と面白かったのは打順について。個人的に元々あまり打順に興味がなかっただけなのですが、これまで見たことありそうでない方法で上手く整理して打順について考察を展開しています。セイバーメトリクスでよく言われる2番打者の重要性(強打者が入ったほうがいい)なんかも確認できます。


 
3.まとめ
 というわけで、あまり内容を書いてしまうわけにもいかないのでこの辺でまとめますが、高い評価のできる本です。よほどセイバーメトリクスをやり尽くしている人でなければきっと新しい発見があるでしょうし、もしかしたらそれ以上にセイバーメトリクスでなんとなく言われていること、ぼんやりそういう傾向があるとわかっていることのしっかりとした確認ということが大きな意味となるかもしれません。個人的には強くお勧めできる一冊です。
 ネット上でプレビューができるようになっているので興味を持たれた方はそちらから見てみるといいかもしれません。

 THE BOOK PREVIEWS


 
4.おまけ、Great Tools
 さて、THE BOOKの中で純粋に分析のためのツールとして用いられているものにマルコフ連鎖を応用したシミュレーションモデルがあります。すなわち、シミュレータのように打撃成績を入力すると得点期待値や確率を弾き出してくれるものです。これがあると理論上の出来事として処理できる物事の範囲がわかったり、あるいは仮にダルビッシュの被打撃成績を入力すればダルビッシュを相手にしているときの得点期待値表なんかが利用できるようになり大変有用なものなのですが、なんとTangoはこれをウェブ上で誰でも利用可能なものとして公開しています。

 The Runs Created,Run Expectancy,Run Frequency,Linear Weights Generator

 これはすごいツールだと思います。私としてもシミュレータ作りの参考にしたのでシミュレータのコラムを書いたときに紹介しようと思っていたのですが一度URLを失ってしまっていて、今回改めて発見したので紹介します。走塁の設定まで可変で一瞬でこれだけのデータが得られるというのは極めて優れています。これがあるならシミュレータのコラムでやったことは無駄じゃないのかと言われてしまいそうですが、まぁそれはそれです。

 また各種の分析を通して大活躍しているのがwOBAというスタッツ。打撃総合指標です。 Linear Weightsをアウトをゼロとして補正した上に打席数で割ったときに数字のスケールが出塁率(OBP)と同じになるようになっています。

 wOBA=(0.72×非故意四球+0.75×死球+0.90×単打+0.92×失策出塁+1.24×二塁打+1.56×三塁打+1.95×本塁打)/打席
 ※解析の内容に応じて分母の「打席」からは犠打や故意死球その他が除かれる

 打者が打席あたりでどれだけ得点増に有効な打撃をしているかを計る際にはwOBAはわかりやすく合理的なスタッツです。なお、「(2×出塁率+長打率)/3」でもwOBAの代用として機能することが紹介されています。ただし、このままNPBに適用しても出塁率といくらか違う平均値になってしまうため失策出塁のデータが得にくいことなどを別にしてもwOBAはそのまま日本に適用するべきではないとは思います。
 それならば、これはブログのほうで書いたことなのですが

 (0.56×四死球+0.72×単打+1.01×二塁打+1.29×三塁打+1.66×本塁打)/(打数+四死球+犠飛)

 とすると日本に合ったwBA(wOBAの、スケールが打率に沿った版)になるのでこちらのほうが良いかと思っています。
 wOBAはFanGraphsという最新のセイバーメトリクス的解析を取り入れているサイトでも打撃指標として採用されており、そのわかりやすさと正確さ、応用の幅広さが認められています。
 このようにTHE BOOKは使用しているツールも無駄がなく優れています。





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