投手評価

by Baseball Concrete

1.従来の投手評価

 打者の仕事が得点の創出だったことの裏返しとして、勝利のために守備側の投手・野手がなすべきことは失点を防ぐことです。

 従来の評価方法は元々防御率あるいは失点率という形でどれだけ失点を防いだかを評価してきており、これで問題がないようにも思えます。実際、セイバーメトリクスでも長くそう考えられてきました。しかしあるときボロス・マクラッケンによって守備から独立した投手数値(Defense Independent Pitching Stats・DIPS)という概念が提唱され、投手の評価方法が根底から覆る革命が起こりました。

 セイバーメトリクスによる投手の評価に関しては、このDIPSを理解することが何より重要になります。

 

2.DIPSの考え方

  防御率というのは9回あたりの自責点です。自責点は失策によるものを除外した失点ですが、守備のまずいプレーが必ず失策になるわけではありませんし(ボールに触れずに単に守備範囲が狭い選手も存在します)、逆に野手のファインプレーで失点を防いだとしてもその分が自責点に加算されるわけではありません。

 そうすると防御率は投手だけを評価している指標ではなく(失策の分を除いて)野手の守備も合わせた防衛側全体を評価している指標であることになります。これでは投手の評価として防御率を用いるのは妥当ではありません。

 このことを明確に喝破したのがボロス・マクラッケンです。マクラッケンは特に投手が能力によって被安打を少なくすることはできないという事実に注目しました。

 従来の常識では、優れた投手は他の投手に比べて三振を多く奪うことができるし、四球や本塁打を少なく抑えることができるし、本塁打以外の安打に関しても少なく抑えることができると当然考えられてきました。

 しかしマクラッケンはこのうち、三振・四球・本塁打に関してはたしかに投手の能力によって制御することができるが、本塁打以外の安打に関しては、それが多いかどうかは投手の能力に関係がない問題であり、ただの運によるものであると指摘しました。

 従来の常識には著しく反する仮説ですが、マクラッケンの説の正しさは統計的に証明することができます。

 もし(被本塁打以外の)被安打の多さが投手の能力によって決まるのであれば、ある年被安打が少ない投手は翌年も少なく、逆にある年多い投手は翌年も多いはずです。発生した打球のうちどれだけの割合がアウトになったかは次のBABIP(Batting Average on Balls In Play)という指標により測定することができます。

 BABIP=(安打-本塁打)÷(打数-三振-本塁打+犠飛)

 この仮定に基づいてさまざまな投手についてある年のBABIPと翌年のBABIPを計測してみると、一貫した傾向はほとんど見受けられず、結果はほぼランダムな分布となります。これは仮定と矛盾しますから、背理法により仮定は正しくないことになります。

 つまりマクラッケンの説は正しく、投手は本塁打以外の安打の多さに対して極めて小さな影響しか与えることができず、被安打が多いかどうかはほとんど投手の責任ではないことになります。

 この結論は当初激烈な批判に晒されましたし、セイバーメトリクスコミュニティの中でさえ理解されるのに時間がかかりましたが、今日では広く受け入れられており、むしろ投手の評価理論の中核となっています。

 本塁打以外の打球が投手の責任でないことの帰結として、投手個人を評価する際に使える数字は守備の関与しない項目である三振・四球・本塁打に限られることとなります。防御率であれ、勝利数であれ、従来用いられてきた「投手成績」はそもそもそのほとんどが「投手個人の成績」ではないと言えます。そして守備から独立した数字によって投手を評価しようとする手法・考え方をDIPSといいます。

 DIPSの考え方に立脚した指標にはさまざまなものがありますが、それぞれに得点価値に応じた加重を掛けて「守備から独立した防御率」を計算するFIP(Fielding Independent Pitching)が最も一般的です。

 FIP=(13×被本塁打+3×(与四球-故意四球+与死球)-2×奪三振)÷投球回+定数
 ※定数=リーグ全体の{防御率-(13×被本塁打+3×(与四球-故意四球+与死球)-2×奪三振)÷投球回} 通常は3前後

 FIPは本塁打以外の被安打を無視して計算される防御率で、数字のスケールは防御率と同じだと考えて問題ありません。守備の影響を排除して投手の失点阻止パフォーマンスを評価するには非常に強力な指標で、式の見た目の簡単さ以上にかなりの威力を持っています。

 投手のBABIPに一貫性がないということは、仮に防御率が悪くてもそれがたまたまBABIPが高いためである場合には相対的には改善していくことが見込めるということになります。こうした意味で、投手の内容を分析するにあたっては打席のうちに占める奪三振・与四球・被本塁打の割合やBABIPを分解して見てみることも有益です。

 

3.BABIPに踏み込む

  もっともマクラッケンの説には、反論がないわけではありません。有名な研究として、トム・ティペットは膨大なデータを分析してマクラッケンの説は原則的に正しく重要だが少数ながら希にはBABIPを低く抑えることができる投手が存在することを示しました。

 常識的に考えても、BABIPに投手が「全く」関与できないというのは不自然です。結局のところ問題は「どの程度か」で、この点を模索したのがトム・タンゴ、エリック・アレン、アーヴィン・シュウらの共同研究です。タンゴらは「700のBIPを持つMLBの先発投手のBABIPの高低はどのように決定されるか」という問題設定で分析を行いました。その結果、BABIPは次のように決定されると結論されています。

 運  :44%
 投球:28%
 守備:17%
 球場:11%

 やはり運の影響が最も大きく出ていますが、守備よりは投手の方が影響するということも示されています。BABIPについてはこのように「程度の問題」として理解すべきものであると考えます。

 また、BABIPの内容に踏み込むという文脈でいうと、失点阻止パフォーマンスの評価としてFIPよりも打球を細かく扱うtRA(true Runs Average)という指標もあります。

 tRA={(0.297×四球+0.327×死球-0.108×奪三振+1.401×被本塁打+0.036×ゴロ-0.124×内野フライ+0.132×外野フライ+0.289×ライナー)÷(奪三振+0.745×ゴロ+0.304×ライナー+0.994×内野フライ+0.675×外野フライ)×27}+定数
 ※定数=リーグ全体の[失点率-{(0.297×四球+0.327×死球-0.108×奪三振+1.401×被本塁打+0.036×ゴロ-0.124×内野フライ+0.132×外野フライ+0.289×ライナー)÷(奪三振+0.745×ゴロ+0.304×ライナー+0.994×内野フライ+0.675×外野フライ)×27}]

 FIPは三振・四球・本塁打だけによって評価を行うため本塁打以外の打球はどんな打球でも扱いは同じですが、tRAは打球をゴロ・ライナー・内野フライ・外野フライに分け、それぞれに応じた得点価値・期待アウト数を加重して守備から独立した失点率を計算するものです。

 一般的に内野フライよりもライナーの方がヒットになりやすく多くの失点を生みますが、そういう打球を生んでしまったことは結果的な失点の要因という意味では投手の責任であり、守備の責任ではないという考え方が見てとれます。発生したライナーがヒットになろうが野手のファインプレーによってアウトになろうがその結果自体はtRAに影響しないため、tRAも守備から独立した投手評価となります。ただしtRAはもはや一般的な公式記録からは計算できず専門機関による算出が必要となりますし、結果がそこまでFIPと変わるものではありません。

 投手の評価理論においてはBABIPについて投手はほとんど関与できないという事実を認めつつ、結果的な失点要因をどのように分配していくかということが鍵になります。

 

4.過去のデータ

→投手評価・主に先発投手 RSAAと期待勝敗

→ERCによるリリーフ投手評価

→DIPS

 

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